199話 とある少女のシンフォニア
艦長ら上陸班との連絡が途絶えて2週間を超えた。オルエ村沖合に停泊するあおばの食料は危機的状況に陥り始め、既に山菜の採取も始まっている。
残りの食料は3日分、レーダーや機関を稼働させるための軽油もあと1週間程度で底をつく。こちらに来たばかりの状況に逆戻りしたせいで、乗員たちのストレスも溜まってきている。あおば自体も潮風や雨にさらされ、とこどころ錆びを目立たせている。
副長として艦の指揮を代行する佳代子は、空調が効いているCICで備品の在庫資料に目を通しながらため息をついていた。
「はぁぁ……ちょっとまずくないですかぁ?」
「毎日それを聞かされる身にもなってくれないか」
佳代子の話し相手となっている徳山はうんざりした様子でコンソールに頬杖をついている。たまに襲ってくる魔物以外には戦闘行動も取ることがなく、雑務に駆り出される砲雷科の辟易具合が徳山の態度で表されている。
何もない森に上陸しては、食用にできる山菜や動物を狩る日々。砲雷科の立場は佳代子にもある程度は理解できていた。
補給の頼みの綱であるフロランスは遥か北方、首都にいる。AH-1Zは撃墜されたと連絡を受け、SH-60Kはエンジンに不具合を来して飛行停止措置を取られていた。それ以前に燃料となるJP-5ジェット燃料もフロランスの補給を前提としているが故に、現状では首都への飛行にも耐えられない。
フランドル騎士団は所有しているグリフォンを東方への攻勢任務に出していて利用できず、唯一の連絡手段は1週間前に首都へ迎えにやった高機動車だけだ。
現状のあおばは、あまりにも補給をフロランスに頼り過ぎている。それが前回の対立に繋がったと考えると、佳代子としても対策を立てないわけにはいかなかった。
「徳ちゃん、やっぱり油田開発でもした方がいいと思うんですよ。自力で燃料を供給できたら、もう補給問題で悩むことはないですよぉ」
「アセシオンがそれを許すわけがない。交渉はどうするんだ」
「いっそ、わたしが頑張ってみようと思いますっ!」
「勘弁してくれ」
「ぶー、なんでですかぁ」
徳山は頭を抱えて拒否した。佳代子は頬を膨らませて反論するが、徳山は完全に無視し、レーダー画面とにらめっこしていた菅野は声を押し殺して笑っていた。
菅野が目を離した時、対空監視レーダーに反応が現れた。アンノウンを示すマーカーが北西から出現したのを確認すると、菅野はすぐさま佳代子に報告する。
「副長、方位310にアンノウン検知、こちらに接近中!」
「距離は?」
「およそ300㎞、低高度を飛行しています。自然物の可能性なし。生物です」
「おっけー! 艦橋見張り、方位310の目標を確認せよ!」
佳代子が通信越しに艦橋を呼び出すと、すぐさま見張り員からレスポンスが返ってくる。
『こちら艦橋、目標物はグリフォン1騎。フランドル騎士団の旗旈信号付きです』
「ふー、よかったですぅ。手旗要員、接近するグリフォンを飛行甲板へ誘導せよ。飛行甲板上の人員は直ちに艦内へ退避!」
すっかり艦長の業務が板についた佳代子は、数秒だけ一息つきながらも的確に各所へ指示を出していく。艦橋と飛行甲板では手旗信号を送る航海科の人員がウイングに出てグリフォンを誘導していることだろう。
上手くやっているところを艦長に見せられないことは残念だが、それでも艦の安全を守るという任務を果たすため、佳代子は全力を尽くしていた。
*
さすがに3名と鎧、食料品などを満載すれば限界なのか、グリフォンはフラフラと覚束ない飛行をしながら護衛艦あおばの飛行甲板へと降り立った。
ぜえぜえと荒い息をつくグリフォンの頬をシスティーナが撫でる。おつかれさま、とグリフォンに労をねぎらったシスティーナの屈託のない笑顔は、矢沢の疲れ切った心に安らぎを与えた。
久々の我が艦。ようやく戻ってきたと思うと、どっと疲れが彼を襲う。結果的に疲れの方が勝ってしまった矢沢は、格納庫のシャッター前まで出迎えに来ていた鈴音ほか隊員たちの敬礼に全く気付かなかった。
鈴音は矢沢の正面に来ると、ひと際声を大にして挨拶した。
「艦長、お帰りなさい。話は聞いています。アセシオンとの停戦交渉がまとまったと。それは本当ですか?」
「ああ、本当だ。もうアセシオンとは戦わなくていい」
「……っ、やりましたね、艦長! お疲れ様です!」
鈴音はガッツポーズを取ろうとしたが、艦長の前だと思い返したのかポーズを作る前にやめて直立姿勢を取った。後ろにいる隊員たちも明るい顔をしていた。
戦争は終わった。艦長からの報告はそれほどまでに影響力を持つ。鈴音の口ぶりからして情報は伝わっていたのだろうが、自衛官からの直接の情報ではない故か、半信半疑だったようだ。
「補給はどうだ? 備蓄品は切れていないか?」
「今のところ、かなりまずい状況です。特に食料は3日分しか残っていません。フロランスの奴はどこに?」
「今はアセシオンの首都だ。敵の襲撃を受けて昏睡状態に陥っている」
「マジですか、それじゃあ……」
「いや、同じ能力を持つ代理を連れてきた。この子だ」
矢沢は一歩下がり、システィーナを鈴音らに紹介する。当の彼女は借りて来た猫のように縮こまっており、先ほどのグリフォンに見せた、慈愛に満ちた雰囲気は感じられなかった。
ロッタはシスティーナの背中を軽く叩くと、彼女の顔を覗き込んで笑ってみせる。
「大丈夫だ。こいつらは我らの味方だ。少し無礼ではあるがな」
「あっ、はい……」
システィーナは笑みを見せるが、かなりぎこちない。味方があまりいない環境下で、見たこともない巨大船とその乗組員に囲まれる。警戒心が解けないのは仕方のないことだろう。
「では、この艦の修理と補給を頼む。いきなりで悪いが、できるか?」
「えーっと、わかりません……フロランスお姉さんから聞いた通りにやってみますけど……っ」
システィーナは目を伏せるが、ロッタはただ含み笑いを浮かべているだけだった。システィーナの魔法に自信があるのか、それとも純粋に彼女の力を測ろうとしているだけか。
システィーナが目を閉じると、彼女の足元を中心に紫の魔法陣が展開される。神聖性に溢れたその光はやがてあおばの艦体を覆い尽くし、暖かい波動を矢沢らは感じていた。
光が収まると、錆が目立っていたあおばの艦体は無機質で威厳ある軍艦色一色に化粧されていた。
これだけでわかる。あおばは無事に補給を済ませ、万全の状態に仕上がったのだ。
ひとまず、艦が崩壊する危険は無くなった。矢沢はほっと胸を撫でおろすと、格納庫扉を通って艦内へと戻った。
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