198話 受け継がれる意思

 ロッタ曰く、フロランスの言う通りバックアップとなる巫女候補は複数存在するらしい。

 フロランスはダリア王国の貴族の長女だったが、その第1後継者候補は首都にあるスラム街出身の少女であるとのことだった。

 選出基準はあるのかと聞いたところ、ロッタの話では「純血のダリア人かつ持病のない健康な者」だそうだ。もちろん男性も引き継げるようで、その場合は巫覡ふきょうと呼ばれるらしい。


 6000年前から綿々と受け継がれてきた、神の力を民に伝える儀式。その独自性故に神聖性は矢沢が理解できるようなところではない。これも外国人が触れる文化の一側面として捉えておくに留めることにした。


 矢沢とロッタはグリフォンに乗り、アセシオン領内へと戻った。そこからアルルの大森林のはずれにあるアルグスタという都市の跡地に向かう。


 アルグスタは極めて広大な大森林の東端であり、かつてアセシオンで一番栄えていたと言われるほどの大都市だったが、8年前のエルフ族との戦いと粛清で街は破壊され、今は都市の残骸が残るだけとなっている。

 空から都市の様子を眺めた矢沢は、その広大な都市部と被害の大きさに圧倒されていた。


 都市部は雲の上から眺めても東端から西端が見えず、一大都市圏を形成している。見えている範囲は優に数百平方キロ以上、アルグスタは東京23区より広大な領域に存在している。

 100万人の人口を誇った江戸でさえ東京23区の一部にしか広がっていない。そう考えると、どれほどの人口があったのか想像もできない。


 その中でも一番目立つのが、街の各所に点在する小さなクレーターだ。1つ1つが広場を形成しており、周囲の建物がなぎ倒されている。

 建物自体の被害も大きい。あちこち焼け焦げた跡があるのが空の上からでも確認でき、場所によっては堤防の決壊による水没エリアや、不自然に植物が生い茂ったエリアも見て取れる。


「ロッタ、クレーターもそうだが、水害や植物の不自然な繁殖も見えるが、あれは何だ?」

「全て魔法だ。クレーターはアセシオンの流星魔法、お前たちが迎撃したアレだ。堤防の破壊は水魔法によるもの、植物の異常増殖は地族魔法か生命系の魔法でも使ったのだろう」

「あれが全て、魔法での攻撃か……」

「お前たちの武器は物理的な運動エネルギーや爆発で被害を与えるものだが、魔法は必ずしもそうではない」


 ロッタは淡々と言うが、その背中は少しばかり寂しさをはらんでいた。ガチャガチャと乱雑に入れられた神器の鎧が金属音を鳴らす音と、風を切る音だけがその場に空しく響く。


「そろそろ降りるぞ。元々一等地だったエリアだ」


 ロッタはそう言うと、グリフォンの手綱を引いて急降下を開始。心なしか先ほどより乱暴な機動で、矢沢はグリフォンに跨るための内股とロッタを掴む腕に力を入れていなければ、振り落とされていたとさえ感じるほどに激しいものだった。当然ながら、胃の底から今朝の食事が上がってきて、地面に到着した時には、吐きかけるほどにマズかったロッタ特製ふかし芋と胃酸を建物の陰にぶちまけることとなった。


「ふん、ロッタと呼ぶなと何度言えばわかる」

「さっきのは、報復か……」


 矢沢は息も荒く、ようやく水を飲んで落ち着いたところでロッタに恨み言を言う。あれはロッタ呼びの報復だったようだ。


 ロッタは満足したのか、矢沢を勝ち誇ったような目で一瞥した後、通りに顔を向けて小さな骨笛をテンポよく吹き鳴らした。何らかの符牒らしく、音が都市中に拡散したと思えば、すぐ近くのレンガ造りの一軒家から槍を持った若い男が顔を出した。


「君は……そうか、頭領か」

「どうだ、変わりないか?」


 男は筋骨隆々で浅黒い肌を持った20代前後の青年だった。顔が裏の世界に関わっていそうな印象を与える強面だが、ロッタは全く臆することなく気さくに声をかける。

 すると、男はやや興奮気味にロッタへと近づく。


「こっちは大丈夫だ。それより、ダリアが復活するというのは本当か?」

「本当だ。既にサリヴァンの部隊が撤収しつつある。この者たちの尽力あってこそだ」


 ロッタは矢沢の手を引くと朗らかに笑ってみせた。男は矢沢へ向き直ると、恭しく頭を下げる。


「では、あなた方が例の、灰色の船の長ですね。本当に、本当にありがとうございます」

「いや、これは結果に過ぎない。我々の活動はまだ終わっていないのだからな」


 矢沢は謙遜するが、それでも男は頭を上げようとはしなかった。

 基地の時といい、祖国の解放がどれほどの喜びをもたらすのか。矢沢はそれをひしひしと肌で感じていた。


「おいディラン、それよりシスティーナはいるか?」

「システィーナに? 一体何の用だ」

「新しい巫女が必要になった。すぐに儀式を始めたい」

「おい、それってまさか……」


 ディランと呼ばれた男は青ざめた顔をしていたが、ロッタはかぶりを振る。


「いや、フロランスは生きているし治る見込みもある。ただ、治療が長期に渡るせいで、代理の巫女が必要だ。ジンから神器の力は同時に複数人へ継げると聞いている」

「嘘だろうそりゃ……よしわかった、ついて来い」


 ディランはロッタと矢沢を招き寄せると、崩壊した建物の間を縫って沿岸の白い漆喰で固められた大きな屋敷に入っていく。ロッタと矢沢もそれに続いた。


 エントランスには老若男女問わず30名ほどの人間がたむろしていた。武器を磨いたり、食事を配ったりと、していることも様々だ。

 ディランはすぐ近くにいた食事を配っている浅黒い肌の少女を呼び寄せる。


「システィーナ、その時が来たよ」

「その時……っ、巫女さんになるんですね……」


 システィーナと呼ばれた少女はディランに呼ばれるなり、ごくりと喉を鳴らして険しい顔を作った。

 ずっと前からそう決まっていたのだろう。外見は10歳にも満たない幼い少女だが、目に宿る覚悟の炎は本物のそれだ。


 ──ロッタもかつては、このような目をしていたのだろうか。


 ロッタは小さく頷くと、建物から出て裏手の広場に出た。そこに神器の鎧を広げ、システィーナを鎧の傍に招き寄せる。システィーナは金色の長い髪を揺らしながら、鎧の傍へと立った。


「神の代理たるシャルロット・ジャンヌ・ド・ノルマンディーの名において、システィーナ・フローラ・リーヴァを巫女として認め、神の力を分け与える。システィーナは神の代理たる自覚を持ち、神に仕える者として人々を祝福し続けることを誓え」

「はい、ここに誓います」


 システィーナは静かにそう言うと、手を交差させて胸に置き、目を閉じた。


 だが、矢沢はシスティーナの体が震えているのを見た。彼女はまだ子供、巫女という責任ある立場に立つことがどのようなことを意味するか理解してしまい、不安に押しつぶされそうになっているのだろう。


 システィーナという少女に突如訪れた大人の儀式。紫の光を放つ鎧をその目に焼き付けながら、矢沢は複雑な思いで彼女の晴れ舞台を見守った。

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