197話 最後の後継者
ロッタと矢沢はフランドル騎士団から借り受けたグリフォンに乗り、ダリア王国の秘密基地に向かっていた。おっさんが幼女を抱いている姿というのはかなり犯罪的で波照間やアメリアから嫌な顔をされたが、そもそも矢沢はグリフォンになど乗れないのでロッタに捕まるしかないのだ。
ロッタ曰く、秘密基地はごく限られた一部の者しか知らないという、極めて重要度の高いエリアらしい。それを矢沢に見せるということは、それほどまでに信頼されているのか。警戒はしつつも、ここはロッタの信頼に報いるべきだと考え、それ以上の思考をやめた。
帝都から南西に進み、アセシオンとの国境である山間部を抜けると、アルルの大森林の一部が広がっているのが見える。時速800キロを発揮できる旅客機ならば3時間で着くような距離だが、グリフォンの足では10時間近くかかる飛行になる。
途中の野宿を挟みつつ、2日に分けて飛行日程を消化し、ようやくたどり着いたのは富士山を思わせるすり鉢状の霊峰だった。
飛行機よりはかなり低速とはいえ、速度は新幹線と同程度であるが故に空気の流れが速く、声が通りづらい。矢沢はロッタにしがみついているものの、会話するには大声を出さざるを得なかった。
「あれが目的地か?」
「ああ、そうだ。山麓の岩陰に入口がある」
ロッタは力強く言うと、グリフォンを急降下させて緑に覆われた山麓へと接近していく。グリフォンの翼が風を切ると、笛のような甲高い音と共に羽が小刻みに揺れていた。長時間の飛行で限界が近かった矢沢は、この急降下で気分を悪くしてしまうことになったが。
「うぷ……」
「ははは、さすがにきつかったか。自分で操っていればそうでもないがな。次からはお前がやってみるか?」
「いや、遠慮する……」
少女というより少年のような笑い方をするロッタを後目に、矢沢は木陰に腰かけて休憩を取っていた。船や輸送ヘリは慣れてはいるものの、さすがに曲芸飛行をする動物となれば話は別だった。
十数分の休憩の後、矢沢とロッタはその基地とやらに向け歩き始めた。年間を通して寒暖差がほとんどないこの地域では、植生に大した変化がなく、動物や魔物の類も年中活動するような種類ばかりだ。ゴブリンなどにも遭遇するが、基本的に襲ってくることはない。
「ふむ、この辺りの魔物は大人しいな」
「アセシオンの魔物は好戦的なものが多い。平地ばかりで人族が積極的に駆逐しているからだろうが、ダリアは人が入り込めないような自然が多く、魔物どもと住み分けができている。サリヴァンのせいでだいぶ荒らされはしたがな」
ロッタはしみじみと辺りの風景を眺めながら言う。取り戻した故郷を前にしても、ロッタの表情には翳りが見えていた。
1時間ほど進むと、崖のように切り立った小さなエリアが存在する。ロッタが転がっている岩のうち1つを魔力が乗った蹴りで押しのけると、小さな入口が姿を現した。
「これか。まるで天岩戸だな」
「ダリアに伝わる印を体に刻んだ者にしかどけられない仕組みでな、印という形で封印しているが故に魔力探知には影響しない」
「印で問題ないのであれば、変身魔法をバレずに使えるのでは?」
「無理だな。言っただろう、岩の隠し印は同じ印を持つ者にしか開けられない。体に刻んだ印を通じて魔力を送り込む仕組みだからこそ、岩の方には魔力がいらないのだ」
「ふむ……電子ロックとは違うのか」
仕組みは詳しくわからないものの、矢沢は無駄だと感じそれ以上言及しないことにした。それよりも、神器の回収が優先される。
岩を閉め、ロッタと矢沢は薄暗い通路を進む。ロッタがバスタードソードの刀身を光らせて灯りとしていたものの、それでも肌寒く暗い。
しかし、少し進むと明かりが前から漏れてきた。その空間に入ると、映画やドラマで見るような広大な地下空間が広がっていた。小学校の体育館ほどもあるそこには、まばらながら人の姿がある。
「我だ、戻ったぞ!」
ロッタが声を上げると、人々が一斉に歓声を上げながらやって来る。ありがとう、おめでとう、などと肯定的な声でその場は埋め尽くされたが、ロッタの周りに群がった群衆はせいぜい20人程度だった。
数が少ない上、老人が全くいない。誰もが10代か20代くらいの若者で、矢沢どころか、波照間でさえ最年長を張れるだろう。その誰もがロッタを称え、胴上げを行った。
「「「祖国解放を祝って! 英雄シャルロット王女に!」」」
「……うん?」
矢沢はロッタが王女と呼ばれたことに反応し、首を傾げた。これはどういうことなのか。
「ロッタ、王女とはどういうことだ?」
「何度も言わせるな、ロッタと呼ぶな!」
ロッタは強引に胴上げの腕を振り払うと、矢沢の股間を強打した。打撲の痛みに加え、刺されたような痛みまでもが加わり、矢沢を悶絶させる。
「うあああぁ……あ……」
「ふん、王女などバカバカしい。我は断ったはずだ」
「そうはいかんぞ、シャルロット」
矢沢がもんどりうっている最中、どこからか髭を蓄えた背の低い老人が現れ、ロッタにゆっくりと歩み寄る。
「あ……あ……っ」
ロッタは口を大きく開けたまま硬直していた。一方の矢沢は痛みを堪え、彼に向き直る。
「あなたは?」
「クロスタン・ドニ・リシュリューという者だ。シャルロットの父親、と言えばわかるか」
「となると、ダリア王国の国王、ですか……」
矢沢は帽子を取り彼に一礼するが、老人は首を横に振るだけだった。
「違うな。我は王配に過ぎない。ダリアを統べる者は女王でなければいかんのだ。王室の維持に誰一人として欠かせなかった我が妻と娘たちがシャルロットを除いて処刑された今、国を継ぎ、子を産んで王国を存続させられる者はシャルロットしかいない」
「なんと……なるほど、女系の王族ですか」
「その通りだ」
老人は大きく首を縦に振る。日本では男系が天皇の地位を継げるが、ダリアでは女系の子孫だけが女王の地位を継げるらしい。
とはいえ、女系というのは不都合も多いはずだ。妊娠中は公務に支障が出る。軍の指揮も行うのであれば、摂政の存在が不可欠だろう。そのために「誰1人として欠かせなかった」ということか。
彼らの王家を少しばかり理解したところで、矢沢は涙を浮かべるロッタをじっと見つめた。まだ中学生程度の年齢でしかない未成年にも関わらず、準軍事組織どころか軍隊とも言えるフランドル騎士団を率いていたのは不審だと思っていたが、まさかこの国の女王となるべき人物だとは思うまい。
だが、ロッタはそんな矢沢の反応も気にせず、老人へと近づく。
「父上、生きていたのか……!」
「どうにかな。4年もの穴倉暮らしでおかしくなりそうだったが」
ふふふ、と老人は静かに笑う。そして手招きをし、矢沢とロッタを奥へと案内していく。先ほどと同じく薄暗い通路に入り、そのまま進んでいくと行き止まりに差し掛かる。
「我は先代巫女が死んだ時からここで鎧を守っていた。いずれはダリアが復活し、シャルロットが王位を継ぐ日が来る。それまで、我がこれを守ろうと決めたのだ」
老人が前の壁に手をかざすと、岩盤が崩れて小さな祭壇が姿を現した。燭台や剣、装飾品など供物と共に祭壇の中央に飾られたそれは、黒地に茶色や黄色の文様が施された豪華絢爛な金属製鎧だった。
プレートメイルのように体全体を覆う構造ではなく、頭部は顔を出し、籠手は二の腕をさらす構造で、脚部も腿の一部は素肌をさらすようになっている。一部が欠けているのではなく、これで完成形だろう。おおよそロッタや矢沢に似合う代物ではなく、身体的に完成した成年の女性が身に着けることを想定しているかのようにシャープなシルエットをしている。
「これが、神器の鎧ですか……」
「そうだ。我らの先祖聖鎧マジャンタと呼んでいた。見ての通りガントラ人の女性用だ」
老人は笑みを見せると、鎧一式をロッタに渡す。
「さあ、持っていけ。国を頼んだぞ。これは王宮に戻すのだ」
「ああ、すまない。父上……っ!」
ロッタは目頭の涙を腕で拭うと、鎧をその手で受け取った。
ロッタは晴れやかな表情で父親の目を見つめると、朗らかに微笑みかけて踵を返した。
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