407話 戦いの始まり

「水上レーダーに感! 方位344に複数の反応!」

『艦橋よりCIC、方位344より複数の艦船発見。レン帝国海軍の軍艦旗を確認。敵艦と識別します。敵艦、こちらにまっすぐ進んでくる』


 対水上レーダー『AN/SPQ-9B』が敵味方不明の反応を捉えたのと、艦橋が敵艦発見の報を出したのは、ほぼ同時のことだった。


 予想できたことだが、陸地からの部隊派遣は海からの増援が前提だったようだ。敵艦発見の報に、CICの空気が一気に張り詰める。


 敵はもはや止まることはないだろう。艦長不在の今、副長である佳代子は決断せざるを得なかった。


「……これより、対話のみによる和平プロトコルを破棄、レン帝国との全面戦争に移行します」

「副長……」

「敵は多くのレッドラインを越えました。わたしだって悔しいですけど、ここからは自衛を考えるべきですっ! この艦はみんなが帰る場所で、わたしたちに残された国なんですから!」


 絶望や怒り、失望をはらんだ徳山の声を遮るように、佳代子は叫んだ。


 交渉グループの一方的な捕縛、『あおば』への敵対行動。もはや前回までと同じような対話は不可能だ。


 敵が襲ってくる以上、敵対者は排除しなければならない。


「合戦準備ですっ! 総員戦闘配置! 水上戦闘用意!」

「総員戦闘配置! 水上戦闘用意! これは訓練ではない!」


 佳代子の号令と共に、艦内に戦闘配置が発令される。全ての乗組員がそれぞれの配置につき、戦闘に備える。それと共に武器や管制システムに火が入り、敵艦隊を迎撃する準備に入る。


「錨を上げて直ちに離岸、両舷前進強速、方位240! 沖合に出たら第3戦速に増速です!」

『錨上げ!』

『進路、方位240!』

『両舷前進強速赤黒なし回転静定!』


 CICに詰める佳代子の指示通り、艦橋からは命令が復唱される。それと共に艦は錨を上げ、スクリューの回転速度を上げて左へ舵を切りながら岸を離れていく。


 現在までに確認されている艦船は4隻。おおよそ『あおば』の敵になるような数ではなかった。包囲を破るのは容易だろう。


 レン帝国の艦隊を血祭りに上げることで、本格的にレン帝国との戦争が開始される。一方的に交渉を打ち切ったことへの報復を兼ねることで、こちら側の断固とした意志を示すのだ。


「左砲戦用意! 17式艦対艦ミサイル、攻撃用意!」

「17式攻撃準備、CIC指示の目標。距離37km、方位080」

「諸元入力完了。攻撃待機中」


 護衛艦『あおば』の甲板上に据え付けられた17式対艦ミサイルに敵の位置情報が送られ、発射準備が完了する。


 敵艦隊は接近してくるだけだが、こちらへの攻撃を意図していることは明白だ。でなければ、敵艦隊の『あおば』への接近理由や、陸上部隊の行動理由に説明がつかない。そう判断し、副長たる佳代子はこちらから先制攻撃を行おうとしているのだ。


 その副長を引き留めようとするかのように、砲雷長の徳山は佳代子を見やる。


「副長、本当によろしいのですか。敵が攻撃を行う確証はありません。状況証拠のみで判断するのは時期尚早かと」

「わたしもそう思いましたけど、そうじゃなかったら、あの陸上部隊の猫さんたちはどう説明するんですか? わたしだってバカじゃないですっ! 艦船に対して接収時の抵抗力を奪うのであれば、海軍力が必要になるんですから。正当防衛と緊急避難は成立しますよう!」

「……承知しました。正当防衛が成り立つと判断します。17式、攻撃はじめ」

「17式攻撃はじめ! てっ!」


 帽子を深く被りなおした徳山が指示を出すと、所掌の砲術士が発射ボタンを押す。艦に小刻みの揺動が走り、ミサイルの発射用ロケットブースターが放つ、くぐもった轟音が艦内奥深くのCICにまで届く。


「17式4発、正常飛行中。インターセプト1分30秒前」


 この薄暗く肌寒いCICでは外の様子が見えないものの、発射された4発の17式対艦ミサイルは既にロケットブースターを分離し、海面を這うように亜音速で飛行している。着発信管に設定されていることから、敵艦に触れれば直ちにミサイルが起爆、ただの帆船程度であれば一撃で船体そのものを破壊できるだろう。


「……ごめんなさい。徳ちゃん、砲雷科の皆さん」

「気にしていない。お前の覚悟を聞いただけだ」


 ミサイルが弾着するのを待つ間、佳代子はぼそっと小さな声で徳山に謝罪する。


 攻撃指示とは、つまり他人の命を奪う行為に他ならない。しかも、敵艦に対艦ミサイルを向けるとなれば、1つのボタンを押して奪う命は、それこそ数百名単位となる。


 一瞬にして多数の命を奪う命令。佳代子はこれまでも何度か攻撃命令を発したことがあるが、それでも人の命を奪う、という行為は慣れることがなかった。


 この1年、常に『あおば』は戦闘にさらされ続けてきた。自分の身を守り、助けるべき邦人を助けるために、引き金を引き続けてきた。


 もう、どれだけの人の命が奪われたか想像もつかない。それでも、この艦に乗り組む者たちに退くことは許されないのだ。


 戦いをやめてしまえば、すべからく誰かによって奴隷にされる。前に進むにしても、敵対する誰かの命を奪い続けることになる。


「わたしたち、どれだけ人を殺してきたんでしょう……」

「俺には想像もつかない。だが、数えてしまえば、自分が自分でなくなりそうな気がする。だから、俺は数えたくない」

「あはは、わかります。でも、襲ってくる敵兵が1人だろうと、100万人だろうと、100億人だろうと、日本人1人の命の方が重いと思いたいですよう。でないと、もう二度と戦えないと思います」


 できるだけ普段のような冷静な口調を保とうとする徳山に、佳代子はしみじみと呟いた。徳山は黙して答えず、代わりに砲術士が報告を飛ばす。


「インターセプト5秒前……マークインターセプト」

『艦橋よりCIC、敵艦4隻より爆発閃光視認。撃沈したと判断します』

「了解ですっ。水上戦闘用具収め」

「水上戦闘用具収め」


 艦橋からの報告により、レン帝国艦隊の撃沈が確認された。もはや『あおば』を邪魔する者は消え去った。


「救命艇を出しますか?」

「必要ないと思います。相手はクマみたいな戦闘力を持つ獣人さんですから受け入れ準備ができませんし、あの艦隊から岸までは10km程度しか離れてませんから。でも、エグゼクター1にラナーちゃんを乗せて、奴隷さんの有無だけは確認させてください。いるなら収容します」

「了解」


 徳山の意見具申を佳代子は一部受け入れ、船務科を通じてSH-60Kに命令を飛ばす。軍隊に配属されるのはマオレンだけだという情報を事前に手に入れてはいたものの、万が一ということもありえる。


「所定の作業を終了次第、タンドゥに進路を取ります。到着後、ヘリで降伏か講和を促すビラを撒きます。それでも拒否する場合、海上封鎖で対抗します。艦橋、航路を策定してください」

『こちら艦橋、航路を策定します』


 佳代子が次々に指示を出すと、戦闘態勢を解除された艦内が慌ただしく動き始める。


 これは始まりに過ぎない。この国にいる邦人たちを全員取り戻すまで、戦いは終わらないのだ。

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