176話 出し抜かれた者

「処罰とは、具体的には何に対してを指す?」


 ローカーは訝しげに矢沢へ尋ねる。何をした者にどんな処罰するのか、それが全くわからない。矢沢もそう聞いてくることはわかっていた。


「連行後、あらゆる事象での負傷や病気の罹患、不必要な苦痛などの被害に遭わせた者たちに対し、新たな法律を施行し禁錮や懲役などの刑事罰を与えること。無論、その内容は裁判にて確定させます。もちろん、意図的に邦人を殺害した者には死刑も視野に入れてください」

「つまり、拉致被害者の扱いを奴隷ではなく自由人とし、彼らへの残虐行為を法律で裁けと、そういうことですな」

「その認識で構いません。軍人ならば軍法会議等も適用してもらって構いません」

「何という……」


 ローカーはほとほと困り果てているようだった。矢沢が提示しているのは、どう考えても第二次世界大戦後の連合国が枢軸国に課したような、戦勝国の敗戦国に対する要求そのものだったからだ。


 他国の立法や司法に介入する行為は、それを自由にできる権利ありきだ。つまり占領者の行為に他ならない。さらには法の不遡及さえも破る、何でもありのリンチに等しい。アセシオンの法律に則れとは言っているが、完全な達成は自衛隊側の監督ありきだろう。


「その答えはお受けできません。それは我々の敗北を認めるようなもの」

「わかりました。では、外国に売り払われた邦人の奪還を行ってください。我々の命に代わり、あなた方の命を危険にさらすのです」

「それを行うほどの軍事力も資金も、我々にはありません」

「それでは、皇帝は返還できません。それだけのことを、あなた方は行ったのです。決して許されない、人類として恥ずべき行為です」


 矢沢はピシャリと言い切った。

 どちらにしろ無理難題。矢沢はどちらも履行できるわけがないと思っていた。かぐや姫が結婚相手に示した試練のようなものだ。


 交渉においては、最初に少しばかり大きな要求を出してからが本番だというが、これは明らかに度を越している。

 それでも吹っ掛けるのは、それだけ拉致や人身売買というのが深刻で重大な問題だと認識してもらうためだ。まずは認知のズレを埋める必要がある。矢沢にとって、交渉はまだ始まってすらいないのだ。


「では、まずは我々が捕らえている捕虜のうち、皇帝や騎士団長、ドラゴン、艦とその指揮官や幕僚を除いた一般の兵士のみ解放いたしましょう。そちらはアセシオンに残る邦人全てと、邦人の売却リストを要求します。金銭など他の見返りは一切要求いたしません」

「それも我々が主導権を握らない限り不可能です。確約はできません」

「では、我々がお膳立てしましょう」


 矢沢はローカーの目をじっと見つめた。

 それで充分というわけではないが、どちらにしろ混乱するアセシオンの平定はしてもらわねば困る。


 それからしばらくは意見交換に終始し、会談は終了した。何も決まってはいないが、最初はそんなものでいい。今回はただの顔合わせであり、交渉は二の次だと考えていたからだ。だからこそ交渉という名の無理難題を押し付け、相手の認識を改めさせた。


 会談は想定より5分早く終了し、互いに握手を交わした後に離席。茶髪の女性に連れられて大広間を後にした。

 大広間から通路に出ると、紫地に金の刺繍が大量に施されたジャケット姿の老年男が待っていた。川のように長い髭を揺らす彼は、矢沢に厳しい目を向ける。

 波照間の偵察行動で撮影されていた、サリヴァン伯爵の姿に一致する。言うまでもなくサリヴァンだ。

 サリヴァンは矢沢に近づくと形式的に軽く一礼するも、次に出てきた言葉は刺々しさをまとっていた。


「ワタクシの前に誰かと会談するなど聞き及んでいませんが」

「それを報告する義務はありません。そちらとの会談予定時間にはまだ余裕があります」


 サリヴァンは完全に苛立っている。自分の前に講和派との会談を持たれたことが相当不満らしい。

 この男は自分が最高権力者だと思い込んでいるようだが、そうではないと認識させる必要がある。内外から彼を追い込み、譲歩を引き出させる。そうやって彼から権力を剥いでいくのが矢沢の狙いだった。


 もちろん、サリヴァンがそれを許すはずがない。彼はゆっくりと口にする。


「こちらには数万の地上兵力がいるのだ。これを動員すれば、そちらが支援するフランドル騎士団の壊滅など容易だ」

「ならば、先にあなたの首を獲ればいいだけです」


 矢沢はすれ違い際に言うと、廊下の向こう側へと歩いていく。


 安易に武力に訴えるやり口。まさに自分の力を過信した裸の王のセリフだ。

 そして、それは引きはがせるものだ。こちらには実績がある。

 決して屈しはしない。矢沢は食事を摂るため、講和派が用意した食事会の会場へと移動していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る