299話 集まる者たち

「君たちは下がっていてくれ」

「ああ、わかった」


 波照間の協力者らしいディオクロスという青年と救助した邦人少年を下がらせると、矢沢とアメリアは戦闘態勢に入る。


 周囲を囲む兵士たちは特に命令があるわけではないのか、武器を構えていても周りと連携する様子が見られない。つまるところ単なる烏合の衆だ。


 軍隊の真髄は命令と連携にある。それがないのであれば、単純に強いアメリアや魔法防壁を無視できる拳銃を持った矢沢が強いことは明白だった。


 矢沢はアメリアのすぐ隣に立ち、そっと耳打ちする。


「アメリア、ここは臨機応変に戦おう。ジャマルへの攻撃を優先的に、周囲の兵士は邪魔になれば排除すればいい。おそらくラナーの確保には苦労するだろうが、機を見て確保に移る」

「了解です。頑張りましょう」


 アメリアは小さく頷くと、両手に光の剣を召喚、魔力を更に高めて腰を落とした。


 矢沢も周囲を警戒しつつ、拳銃を両手で構え直す。しかし、彼には兵士以外にも気になることがあった。


「にしても、まずい状況だ」

「はい。野次馬が多いですもんね……」


 今にも攻撃を仕掛けてきそうなほど殺気を高めるジャマルの背後では、小さな人だかりができつつあった。人気の高い第一王子が不審者相手に戦いを挑もうとしているのだ、人々が関心を寄せないわけがない。


「おい、どうなってんだ?」

「お嬢のストーカーだってさ」

「それでか……うーこえ」


 人々の話声も矢沢の耳に届く。わかっていたことだが、やはりアモイではジャマルの権威は絶対的と言っていい。


 ただ、ここで負けていい理由にはならない。アメリアもそれをわかっているのか、ヤニングスと対峙した時と同程度に真剣な眼差しをジャマルに向けていた。


 互いに機を狙って睨み合うこと数秒後、アメリアが右脚をほんの少し前に突き出した。すると、カラン、という軽い金属音が辺りに響き渡った。静かな分、音もよく聞こえる。


 何事かと矢沢は音がする方を見ていたが、その先にあったのは、陸自で採用されている催涙ガスグレネードだった。脚を動かしたのは、グレネードを蹴る音だったようだ。


「っ!?」


 矢沢はとっさにその場を離れる。音が鳴ったと同時にジャマルも前に駆け出していたが、催涙ガスグレネードの存在を察知するなり、脚を止めて反対側へ逃げようとする。


 もちろん、スピードが乗った体で逆方向に逃げようとすれば、確実にタイムラグが発生する。風下であったことも悪条件として重なり、ジャマルは逃げきれずに明灰色のガスに巻かれた。


「ぐっ、何だこれは!? うっ……!」

「いやあああぁぁぁ!! やっ、染みる! しみるううううう!! げほげほっ!?」


 ジャマルが巻き込まれたことは想定の範囲内だが、あまりに範囲が広くラナーまでもが被害を受けてしまっている。煙でよく見えないが、中は地獄絵図だろう。


 しかし、アメリアはその中にあえて突入していった。光の剣を振って煙を周囲に撒き散らすと、一直前にジャマルの懐に入る。


「せやッ!」


 煙が振り払われると同時に、ジャマルの懐が剣で大きく切り裂かれ、同時に剣で押された衝撃で交差点の反対側へ吹き飛んでいった。しかも、見物人たちがいない方角へ。


「ぐあああぁ!」

「終わりです、グロースシュトラール!」


 アメリアはその場で高く跳躍し、催涙ガスとダメージで悶えるジャマルに空中から両手をかざすと、二本の白いレーザーが螺旋を描くように発射された。


 だが、ジャマルは全身に防御魔法陣を展開し、レーザーを防いでいた。痛みで悶えていたはずだったが、それでも防御行動を起こせる辺り、彼も立派な戦士だったようだ。


「お兄ちゃん!?」


 ようやくジャマルが攻撃されたことに気付いたのか、ラナーは目を押さえながらも声を上げた。矢沢はすかさず彼女に駆け寄り、手を掴んで引っ張った。


「ラナー、逃げよう。ここは危険だ」

「は、離して! あんたも何なっ……あうっ!?」


 ラナーは叫びながら矢沢の手を振り払うが、目を閉じていたせいかバランスを崩して尻もちをついてしまう。矢沢もそれに合わせ、ハンカチを出しながらラナーに寄り添った。


「君はここにいてはいけない。私と来るんだ。これを使え」

「いらない! しつこいわよ!」


 しかし、ラナーはまたしても矢沢の手を弾いた。白いハンカチが少しの間だけ宙を舞うと、細かい砂粒の地面にはらりと落ちる。


「今は忘れているだろうが、私が君の友人であることに変わりはない。ラナー、思い出すんだ」

「思い出すって何よ! こんな、ことしてっ!」

「すまない。君にかかったのは事故だ」

「事故って何よ! けほけほっ、うう……だいたい、ネモさんは毎度毎度……っ」


 ラナーは手を振り回して暴れるが、そのさなかにラナーが矢沢を呼ぶ時のあだ名を叫んだ。それを矢沢本人が聞き逃すわけがなく、ラナーの肩に手を置いて顔を近づけた。


「まさか、名前は憶えているのか?」

「え……知らない、わよ……誰よ、ネモさんって……」

「私の偽名だ。君はいつもそれで私を呼んでいた」

「わけわかんないってば……いきなり何か……もう!」


 混乱しているのか、ラナーは矢沢を突き飛ばし、目を何度も擦りながらその場から逃げようと駆け出していった。


 矢沢もラナーを追うが、ラナーの眼前にまた別の人影が現れ、彼女の行く手を塞いだ。


「ああ、やっと会えたわ……ラナー、もう大丈夫よ」

「マウアちゃん……」


 ラナーは足を止めるが、それがマウアだとわかると彼女に抱き着いた。どのような表情をしているのかは矢沢からは伺い知れないが、声色からして喜んでいるのは間違いなさそうだった。

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