番外編 記憶の底から・解放された怒り・その2

「てろ?」

「はい。飛行機っていう乗り物があるんですけど、それを民間人がいる建物にぶつけて人を殺すんです」

「そんな……」


 ラナーは目を見開きつつ、口を手で覆った。アメリアも思いつめたような顔をしている。


「特に地球は高さが数百メートルあるような建物が一杯あります。そこに数百トンの金属の塊と、百トン近い燃えやすい大量の燃料をぶつければ、たちまち数千人の命を奪えるんです」

「そんなの、戦争じゃないですか……」

「実際、戦争だったんです。少なくとも、飛行機を乗っ取った人たちはそう思ってましたし、攻撃を受けたアメリカも報復のために戦争を起こしました。その戦争は終わりましたが、まだテロとの戦いは続いています」

「報復の連鎖、ね……」


 アメリアが口をぱくぱくさせて戦慄する横で、ラナーは小さくぼそりと呟いた。


 この数十年、エルフは人族を始めとした他の種族や国々と戦争をしていた。それらの中にはアモイが仕掛けた侵略戦争もあれば、逆にアモイを切り崩そうとした外国による侵略行動もある。


 それらの中には、やはり相手への報復の性格を帯びた戦役まである。決して関係のない話ではなく、このような事例はどこでも起こり得るのだ。たとえ、世界をまたいだ先だとしても。


  *


 北側のビルで発生した煙が佳代子たちのいる南側ビルに流れてくる。すぐに他の観光客たちも避難を始め、エスカレーターへと向かう。


「ひ、飛行機が……あう……」

「しっかりして! 今は逃げなきゃ!」


 もはや自分で動くことさえできなかった佳代子とは違い、玲は冷や汗を流しながらも佳代子の手を引っ張り、必死に避難しようとしていた。


 朝早かったために幸いにも客は少なく、下層フロアの展望台まで戻ることができた。後はこの展望台からエレベーターに乗れば地上に戻れる。


 展望台の窓から見える北側タワーは既に大量の煙で覆い隠されており、まるで巨大な煙突がニューヨークのど真ん中に出現したかのような様相を呈していた。


 ここまで来ると、佳代子にも考えを巡らせる余裕が出てきた。ビルに飛行機が突っ込み、炎上しているという事実は変えられない。だとすれば、ここから逃げるしかないのは当然の選択だった。北側タワーがこちらに向かって倒れたら、巻き添えになるのは目に見えている。


 エレベーターが来ると、客たちは我先にと中へ入っていく。エレベーターには十分乗れるほどの人数しかいなかったが、誰もが慌てているため入り口でつかえてしまっている。


「うう、入れないですよう!」

「ちょ、押さないでってば!」


 もちろん日本語が通じることはないのだが、佳代子と玲もそれに気づかない。ただ周りの大人たちに圧され、やりたくもないおしくらまんじゅうを強要されていた。


 数分かけてやっとのことでエレベーターに全員が収まり、一路地上へ降下していく。


「ほんと、何なの一体……」

「もしかすると、操縦できずに突っ込んじゃったのかもですね」

「でもピンポイントでビルに突っ込む普通?」


 玲はまだ焦りを隠せず、怒りを募らせたように早口でまくし立てた。手を引いてくれたことで玲はすごい人だと佳代子は思っていたが、この慌てぶりを見ると、やはり彼女も怖いのだろうかと落ち着いてきた頭でぼんやり思っていた。


 エレベーターが地上に到着すると、やっと息苦しさから解放されたかのような気分になった。もしかすると倒れるかもしれないエレベーターで降りるのを待っている時は、それこそ棺桶に詰め込まれたような嫌な気分を感じていたからだ。


「ふぅ、よかった。とにかく逃げよう」

「お、おっけいですっ!」


 佳代子は考えるまでもなく、玲の提案に乗る。2人は早く北側タワーから離れつつ宿泊していたホテルを目指し、西へ一目散に逃げていった。


 少し走ったところで佳代子が振り返ると、北側タワーの様子が手に取るようにわかった。飛行機はタワーの上層部に突っ込んだようで、亀裂の間や窓からもうもうと膨大な量の煙を吐き出していた。


 すると、突如として視界の左側から別の飛行機が現れ、南側タワーに突っ込んで大爆発を起こした。建物の半分以上を覆うほどの炎が上がり、煙と共に反対側へ瓦礫を散乱させていく。


「うそ……れ、レイレイ! また、飛行機が……」

「また!? ちょっとほんと、冗談やめてよ……」


 玲も脚を止め、爆発がした方へと振り返る。驚愕と絶望が織り交ざったような、茫然とした表情で、炎を上げるツインタワーを見上げるばかりだった。


 2機の飛行機が立て続けにツインタワーの双方に突っ込むなど、明らかに事故ではない。佳代子は直感的に確信していた。


 これは攻撃だ。飛行機をビルに突っ込ませ、戦争を始めるのだとアメリカに宣言した。そうとしか考えられなかった。


「カヨ……」


 さすがに衝撃の度合いが強すぎたのか、玲はついにその場から動けなくなってしまった。


 佳代子もそれは同じだった。荒い息をつくだけで、ここで立ち尽くすことしかできない。それほどまでに、今の状況は異常に過ぎた。

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