243話 真の意図

「大神官様!」


 エルおじさんが倒されたことで焦ったのか、戦闘中にも関わらずフウェレがよそ見をした。ラナーにとっては最大の隙だ。


 相手の反撃を警戒しつつも、力の限り杖の先端をフウェレの胴体に振り下ろす。不用意に的が小さい頭を狙うより、胴体を狙った方が無力化しやすく、そして相手を殺すこともない。

 だが、フウェレはやはり杖を受け止めた。苦無の剣身で杖の突起部分を抑え、左手を苦無に添えることで完全に勢いを殺していた。


「っ!」


 ラナーは攻撃が失敗したことを悟り、直ちに身を退いて杖を構え直す。


「もう諦めなさいよ。戦う理由なんてないわ」

「ある。お前は国賊、それだけのことだ」


 フウェレは冷徹に、そして容赦なく言い放つ。エルおじさんが倒されてもなお、フウェレの戦意は全く衰えを見せてはいなかった。


 すると、その戦意を砕くかごとく、ネモは魔法封印の印入り手錠で拘束したエルおじさんを引き回し、フウェレの前に突き出す。


「直ちに降伏しなければ、彼を撃つ」

「お前たちに大神官様は撃てない。さもなくば、この地での地歩を完全に失う」

「全面戦争を回避するための方策は他にある。我々の世界はその術に長けている。ただ、それはアモイ国民の犠牲を伴う。選択は常に現実的であれ、だ」


 フウェレは拘束された大神官を見ても冷静さを失わず、なおも駆け引きを行おうとしている。そのメンタルの強さはどこから来るのかとラナーは息を呑んだが、ネモもフウェレ相手に一歩も引かない。


 だが、エルおじさんはそうでもなかった。ただ静かにフウェレを見やると、低い声で指示を出す。


「フウェレ、もはやこれまでだ。武器を下ろせ」

「しかし……!」

「彼らは協力相手だ。手出しはいらん」

「……承知」


 エルおじさんに諭されたフウェレは、至極残念そうに苦無を太もものホルダーにしまった。


 フウェレはラナーのいとこで、現在は48歳、王位継承順位は101位。父親と同じメフト神殿に勤務しているが、その地位は神殿警備隊の衛士だ。最高位の上司である大神官の命令には従う義務がある。


 ともかく。これで戦いの決着はついた。ラナーは安堵のため息をつくと、動いていない割に疲れた体を癒すため岩陰に腰を下ろした。


  *


 事を荒立てないためには、すぐにでも自衛隊やラナーに手を出さないよう確約させてから解放するしかない。大神官の次なる刺客を回避するために修復したヘリで場所は移動するが、船へ連れ帰ることはできなかった。


 街の北部、幹線道路から外れた荒野に場所を移した矢沢らは、改めて大神官と交渉するためにヘリから降りた。ヘリからは先にアメリアの手で治療を終えた環と瀬里奈、そして離陸直前に合流した銀が矢沢への攻撃に備え待機している。


 先ほどのランディングゾーンより条件は悪いが、それでも解放せずに神殿関係者に疑われるよりマシだった。矢沢は2人になれる場所まで来てで手錠を外すと、大神官に再び向き合う。


「我々は決して他人に何かを強制されることはない。まずは、それを確認しておこう」

「わかった。だが、それでよいのか?」


 大神官は厳しい目を矢沢に向ける。何かを訴えるかのように。

 矢沢は質問の意図がわからず、彼に聞き返す。


「何が言いたい? 私に何を望んでいるんだ」

「アモイへの干渉を続けることだ。お主らは戦争を望まないと断言しておるが、このままでは争いを避けられない」

「争いを避けるための情報収集、そして協力者の獲得工作だ。平和裏に解決できるのであれば、我々としてもありがたい」

「違う。お主らは既に見落としておる。俺の接触は警告に過ぎん。お主も会ったであろう、ジャマル王子に」

「……っ!?」


 大神官の口から出た、ジャマルという人名。それは矢沢の動揺を誘うには十分な効果があった。まさかと思い、矢沢は大神官に質問を続ける。


「彼がどうした。まさか、既に私をあおばのスパイだと知っているのか?」

「今は確証がない段階だ。お主らを守るためには、俺がお主らを従えている、という事実が必要だった。それに、お主らの暴走を抑えるためにもな」

「暴走? 私たちが何をするというんだ」

「話してしまえば、2度目のループと同じ状況になるが……仕方ない。1度目のループでは半年後に、2度目のループでは8ヶ月後にアモイとお主らの戦争が始まる。共にお主らの工作が発覚したからだが、2度目はお主らが俺の指示に従わず、勝手に工作活動を行ったからだ」

「半年後以降? アメリアは半年後までのループしか見えなかったと言っていたが」

「神器の力を得たのが直近であれば、その力を完全には使いこなせていないということだ。稀ではあるが、今まで使っていた魔法が暴発することもある」

「む、確かに……」


 矢沢はアメリアの「魔法の訓練」でベル・ドワールの情報センターを吹き飛ばしかけたことを思い出していた。それもその影響の一端なのだろうか。


「そして、神器の力の行使には必要以上の膨大な魔力を必要とする。アメリアという娘が俺との戦いで力を使えなかったのも、それを自覚してのことだろう。象限儀の暴発で感知できるループについても、見えた未来は限定されるはずだ」

「……なるほど、よくわかった」


 本当のことを言っているのは定かではないが、彼の言葉には説得力があった。裏付けとなるような事例も何度か報告されている。信憑性は高いと見ていいが、それ以前に信頼できる情報がほとんどない、というのも問題だった。


 だとすれば、システィーナやアメリアには想定以上の負担を強いていたことになる。


「話を戻そう。お主らは工作が発覚した1度目のループの反省から俺に工作活動の代行を依頼するが、俺の力ではそこまで強い影響力を及ぼせなかった。そこで、お主らは独自に活動を始めたのだ。そこを以前から張っていたジャマルに察知され、結果的に工作が発覚している。この国を戦争の脅威から救うには、お主らの制御を必要とした。世界の解放という言葉で言いくるめ、アモイに都合よく利用するためにな」

「わからない。大神官、あなたは私たちを庇おうとしているのか? それとも攻撃しようとしているのか?」

「お主らは1度目のループでアモイに打ち勝っている。武力での排除はかなわず、交渉しても言うことを聞かないとなれば、頭を抑えて従わせるしかない。俺も教会の腐敗を見ている故にラナーの意見には賛成だが、お主らの行動もまた有害と見ている」

「それで出まかせの計画を出して従わせようとした、というわけか」


 矢沢は呆れてため息をつくしかなかった。ただの出まかせならば、ハッキリとした説明ができないのも頷けた。


 思えば、微妙な立場に置かれているな、という感想も出てくる。腐敗した教会、当然の防衛策を取る政府、排除できない危険な外的要因、そしてそれらが起こす戦争。それらの間に立たされたのが大神官なのだ。


 工作が発覚しているとなれば、もはや打つ手はないのだろうか。邦人を奪い返すことに望みはないのだろうか。


 大神官の恐ろしげな瞳を見ることができなくなった矢沢は、ただ目を逸らすしかなかった。

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