番外編 嫁探しブラザーズ・その2

「ほーん、だから子供ほしい言うてんねんな」

「そういうことだ」


 兄は近くの切り株に腰を据え、人族の少女に弟の行動のワケを説明していた。当の弟は兄に殴られ傍で伸びていて、しばらく起き上がりそうにない。


 それはそうと、このような危険な場所で人族の少女が1人で散歩など、まずありえない。兄は少女が何者か知るため、まずは自らの身の上を話し、彼女を信用させて情報を引き出そうとしていたのだ。

 すると、少女は納得したように何度か頷く。


「まーせやな、結婚は誰でもしたいやろ。うちもな、イケメンの王子様と結婚したいねん」

「人族のイケメンの定義はわからん」

「……自分、ホンマおもんないな」


 少女は吐き捨てるように言いつつ、兄を侮蔑を込めた目で睨みつけた。兄はなぜそのような目をされるのか全くわからず、ただ息をつくだけだった。


「オレたちは流浪の身の上だ。ゴブリンは部族社会でな、他の部族とは交流が少ない。稀に嫁や婿を交換することはあるが、基本的に閉塞した社会故に、よそ者が入り込む隙はほぼ無いと言っていい。人族は旅をする者もいると聞いている、旅をしている人族の女と目合まぐわうことができれば、オレたちは子孫を残し、新たな部族を作れる」

「まぐ……? 何やそれ」


 少女は怪訝な顔をして質問を投げてよこした。そういう知識が無いのか、はたまた言葉を知らないだけかは知らないが、ひとまず兄は説明する。


 聞き終えると、少女は耳まで真っ赤に染め、服を着ているにも関わらず手で胸と股間を隠そうとする。


「そな……アホなこと……うせやろ?」

「本当のことだ。人族もゴブリン族も、そうやって子をなす」

「ほ、ほんまに合体しよるんかいな……い、いや、そないな……っ」


 少女は未だに信じられないのか、目を泳がせてしまっている。性経験どころか、そういう情報からも隔離されていたのはまず確定。しかも、実際に男に迫られてしまえば、あのような反応もやむなしか。

 最初の印象は変な意味で悪いものとなってしまった。うまく行けば篭絡できるかと兄は考えていたが、弟の突撃によってそれも潰えた。


「人族は特に生殖欲求が強いと聞く。ゴブリンどころか、エルフをも凌ぐ数を誇っているのはそのためだと」

「知らんわアホ! 近寄りなや!」


 少女は兄に怒鳴りつけると、そのまま後ずさりしていく。


 とはいえ、このまま逃がしてしまうのはかなりまずい。彼女を上手く懐柔できれば子を成せる可能性はまだある。しかし、逃がしてしまえばチャンスは永遠に失われるのだ。


「待ってくれ、頼む。オレたちは本当に困っているんだ。君の力を借りたい」

「うっさいわボケ! ドアホ! スケコマシ!」


 兄は少女を引き留めようと声をかけるが、逆に少女を逆上させるだけだった。少女は散々呪詛の言葉を吐き捨てると、踵を返して駆け出してしまった。

 このままでは逃がしてしまう。兄は気絶した弟を担ぎ、少女の後を追う。鍛え方が足りない弟は食事をしても太るばかりで、ストイックに鍛えた兄でも短い距離を担ぐ程度しかできないほどに体重が増えてしまっていた。当然、移動速度も遅くなる。


「くそ、逃がしてしまう……!」


 兄は歯噛みしながら小さな背中が森の中に消えるのを見ているしかなかった。

 人族とはいえ、せっかく見つけた番い候補。ここで逃げられてしまえば、次はいつチャンスが巡ってくるかもわからない。


「んぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「っ、何だ!?」


 すると、前方から先ほどの少女の悲鳴が聞こえてくる。兄は冷や汗を拭うこともできず、ただ少女を追跡した。


 獣道ですらない木々の間をやや進んだところに少女はいた。一周するのに10秒とかからない小さな湖、というより水たまりの中で暴れていたのだ。

 いや、ただ闇雲に暴れているのではない。水たまりから抜け出そうとしているのだ。水はブヨブヨとぬめりと光沢を持ち、おおよそ普通の水ではないことを視覚的に理解させてくる。


 ならば、可能性は1つしかない。


「少女よ、それはウーズと呼ばれる魔物だ。炎魔法を使って焼き払え」

「このっ、離れーやアホ! しつこい、ねんっ!」


 少女はウーズに気を取られ、兄のことなど全く気付いていない。魔法を発動させているのはいいものの、全て魔力を乗せた打撃攻撃だ。打撃や斬撃が効かないウーズ相手に使うべき魔法ではない。


「こうなれば……おい、目を覚ませ! 起きろ!」


 兄は弟を乱暴に揺さぶり、時折頬を叩いて目を覚まそうとする。それでも弟は一切目を覚まさないので、近くの木の根に弟を放り投げ、気付け薬を革製のウエストポーチから取り出す。


「ほら、目を覚ませ」


 気付け薬はガラスの小瓶に入った透明の液体で、蒸発させた尿の残留物とエタノールを混ぜたもので、かなりきつい刺激臭を伴う。小瓶を開けるだけで凄まじい臭いが漂ってくるが、鼻をつまんで弟の鼻へ近づける。


「……ん、ンンンンンンンンンッ!? アアアアァァァァァ!」


 弟は目玉が飛び出るほどに目を見開き、怪物の咆哮にも似た叫びを上げて体を起こした。どうやら成功らしい。


「おい、聞こえるか」

「ん……アァ、アニキィ」


 弟はヘラヘラ笑っているが、今は笑っている場合ではない。青い顔の弟を強引にウーズに掴まった少女に向けさせ、現在の状況を認識させる。


「おい、ウーズが出ている。あれを倒してくれ」

「ウーズ……ンオオ! あれは人族の女ァ!」

「そうだ、彼女を助けろ」

「お安い御用ゥ!」


 弟は少女を見るなり興奮し始め、魔法防壁を一気に解放した。溢れ出した魔力の奔流が森を駆け抜け、周囲の小さな魔物を退散させていく。


「行くゼ、ハアアアアアァァァ!」


 魔法陣を展開させた右腕をウーズにかざした弟は、そのまま勇ましい雄たけびを上げた。それを合図に魔法陣から小さな火球が雨のように投射され、ウーズの体表に着弾しては膨大な蒸気を発生させた。もちろん少女だけは狙いを外して。


 弟の炎魔法により、ウーズは数秒足らずで消し飛んだ。その場には地面がむき出しになった窪みが残り、その中心から外れたところに少女は倒れ込んだ。


「おい、大丈夫か!」

「子供! 子供ォ!」

「黙れバカ」


 兄は急いで倒れた少女を抱き起し、顔を自分に向けさせた。少女は完全に怯えきっていて、頭を抱えるように丸まっていた。


「もう大丈夫だ。目を開けろ」

「……っ?」


 少女は兄の声を聞くなり、うっすらと目を開けた。涙で光る少女の瞳は、否が応にも兄の心臓をどきりと跳ねさせた。


「ここは……うち、助かったん?」

「そうだ。よかったな」

「……あはは、ありがとさん」


 少女は笑みを浮かべ、兄と弟に感謝の言葉を述べた。

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