413話 3つの顔を持つ者

「うう……」


 ラルドがミルの様子を見に2階へ上がると、彼女はカーテンを締め切り薄暗くなった部屋の中で、背中を丸めて塞ぎ込んでいた。


 一時的とはいえ、ミルはレン帝国の当局に捕まっていた身。それに、まだ子供だ。恐怖感を覚えていても不思議ではない。


 人族とマオレンの形質を受け継ぐ、おそらく世界で唯一の存在。彼女がどういう人生を歩んできたのかは知る由もないが、このパロムの家で膝を抱えている理由は察しがついている。


「ミルと申したか。食事の用意ができている」

「うん……」


 ミルは小さく頷くだけで、ラルドに目をやろうともしない。


 1ヶ月ほど前にこの家で会った際は、ラルドがマオレンの不倶戴天の敵であるドレイクだからか、牙を立てて威嚇してきたものだが、今となっては敵対心どころか生気さえ感じられない。


「どうした、食わぬのか」

「ううん、あたしは別に、いいよ……」

「食事は摂らねばならん。健全な精神は肉体が健康であればこそ維持される。逆を言えば、精神を摩耗させていれば、肉体も衰えていく。お前には仕えるべき者がいるのだろう」

「仕える者……でも、パロムちゃんは留守だし、艦長のおじさんだって……」


 2人のことを思い出したらしいミルは、腕に力を込めてさらに丸くなる。灰色の船の艦長が囚われたという情報はラルドも聞き及んでいたが、ミルは彼の救出など無理だと踏んでいるのだろうか。


「先日、かの船がレン帝国の艦隊を撃滅せしめた。彼らはマオレンと戦をする決意を固めたと言える。大丈夫だ、無事に帰って来るだろう」

「戦う……あ、そうだな、そうだよな! へへッ!」

「……?」


 戦う、という単語を聞いたミルは、今までとは様相を大きく変え、ニヤニヤと一含みある不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。


「ったく、オイラとしたことが、完全に忘れちまってたぜ。あのカス共のタマを潰してやらねえと気が済まねえよなあ!!」

「お前、コロコロと雰囲気が変わるな……」

「あん? あ……あははー、今のは忘れてにゃ! アタイはいつでも、元気、元気ですにゃ!」


 ラルドが呆れていると、ミルは先ほどの凶暴性が伺える口調を一切やめ、普段の奇妙な語尾をつけた明るい口調を使い始める。その際、手首を丸めて腕を上げた猫のポーズを取るものの、笑みを浮かべる顔は引きつっていた。


 人族とマオレンの形質を併せ持つのなら、心さえも2つの形質を持ちうるのか。ラルドは奇妙なミルの挙動を不思議に思いながらも、階段を下りて食事の用意をしに行った。


 すると、外から何度か聞いたような音が聞こえてくる。耳をつくような甲高い連続音と、バタバタと何かを高速で叩き続けるような音だ。


「にゃ!」


 ミルはその音に反応すると、階段からラルドの頭を飛び越えて天井に手をつき、器用に床へ着地して玄関を出た。


 ラルドも後追ってみると、パロムの家の前に白い大型の乗り物が着地するところに出くわす。何度か見たことがあるその物体は、彼らジエイタイが「ヘリコプター」と呼んでいたものだ。


 乗り物から青い作業着をまとった兵士たち2名が降りてくる。ラルドが彼らに近づくと、降りてきた2人の若い兵士は青ざめた顔をラルドに向けていた。


「えっと、ラルドさん、ですよね……」

「相違ない。何の用であるか」

「その……副長から艦へ連れてくるように、との連絡がありまして。ご同行してもらえたら、と……」

「承知した。行こう」


 彼らがラルドを船へ招いた理由は推定できる。彼らも本気でマオレンと戦うつもりなのだろう。今は戦力を欲していると見ていい。


 予想通りというべきか、そこに明るい表情を作ったミルが割り込んでくる。


「はいはーい! アタイも行くにゃ!」

「おっ、艦長たちが話してた猫耳の子か。でも、呼んでいいとは聞いてないけどなぁ……」

「いいんじゃね? 報告だと戦えるとか聞いたし」

「んじゃ、とりあえず連れていってみるか」


 どうやら、兵士2人の結論が出たらしい。ミルも彼らの言葉を聞いて上機嫌だ。


「にゃはは、早く行くにゃ!」


 ミルはいち早く乗り物に乗り込み、席に着いた。


 彼女は一体何者なのだろうか。ラルドは半ば呆れながらも、ミルや兵士たちに続いた。


  *


 今頃『あおば』では作戦の準備が進められているだろう。作戦の骨子は既に組み上がっていたとはいえ、日没までに完璧な状態に持っていくには時間的猶予がなさすぎた。


 そして、銀が持ち帰った情報も完璧ではない。波照間は動画データの一部に映った、巨大な鋼鉄の扉を眺めていた。


「ねえ、ここって何があるの?」

「わかんないわよ。多分、地下に続いてる感じだったけど、詳細は不明。通気口みたいなところはあったけど、網がカメラに引っかかるし、アタシ自身も通れなかったわ」

「ここが怪しいんだけどねぇ……はぁ」


 波照間は銀の愚痴に近い報告を聞き、ため息をついた。


 皇帝の部屋は既に録画済み、位置も同定されている。だが、それ以上の防備を誇るこの謎の部屋は、完全に詳細不明のまま。


 タンドゥと周辺地域には研究施設のような場所も見当たらない。パロムが言っていた魔法の研究は、ここで行われている可能性が高い。


 とはいえ、突っ込むのは無理な上、作戦の目的から外れる。せいぜい、無視を決め込むか、爆撃して脅威目標の出撃を阻止する程度だろう。


「わかった。何もわからないなら、放置しておくのが正解かな。じゃ、そういうことで」

「ええ」


 波照間が結論を出すと、銀も頷いた。


 触らぬ神に祟りなし。目的にないものに手を出さないことは、それこそが生き残る最善策なのだ。

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