112話 屋敷へと

 屋敷へと移動する中、波照間は海自の制服を着込んだアメリアを穴が開くほどじっと眺めていた。

 さすがに気に障ったのか、アメリアは眉をへの字に曲げながら恐る恐る声をかけた。


「えっと、ハテルマさん……?」

「何?」

「さっきから何で私ばっかり見てるんですか……?」

「あ、そのことね」


 波照間はニヤニヤと浮ついた表情を浮かべて、アメリアの上着をほんの少し引っ張った。


「やっぱり、ちょっと違和感あると思ってね」

「そのことですか……」


 アメリアは半ば呆れながら言う。


 今回の作戦に限らず、魔法の戦いに精通している現地人の協力は必要不可欠だ。特にホットゾーンと思われる場所ではどのような攻撃が飛んでくるかわからない上、基本的に隠密行動が前提のため人数も連れて行けない。なるべく戦闘力の高い人員が好ましいのだ。


 今までは身元が知られていなかったアメリアになるべく頼むようにしていたのだが、この間の一件でアメリアの存在がバレてしまった。なのでロッタに頼もうと思っていたのだが、あいにく騎士団のほとんどが出払っており、アメリアに頼んだのはいいものの、ベルリオーズ伯はアメリアに恨みがあるという話なので自衛隊員に偽装してもらった、というわけだ。


「ま、若い幹部は経験も浅いから、ベテランの曹長とかに指導してもらうこともあるし、別に肩ひじ張る必要はないけどね」

「そういうわけにはいくまい。たとえ偽装であろうと、自衛隊の幹部であることを自覚してもらいたい」

「あはは、そうですよね」


 気楽に構える波照間とは違い、矢沢は厳しい上官の顔をしていた。アメリアは愛想笑いをするが、内心ではこの制服を着てしまったことに軽い後悔の念を覚えていた。


「そうだ、アメリア」

「はい?」

「君は素性がバレるとまずい。そこで、君には一時的に偽名を名乗ってほしい」

「偽名……?」


 アメリアは思わず首を傾げた。偽名と言われても、そう簡単に浮かんでくるものではない。


「困った顔をしているな。名乗ってもらう偽名は考えてある。君はグリンダと名乗ってくれ」

「グリンダ、ですか?」


 アメリアは当惑してしまい、言われた名前をオウム返しする。


「そうだ。我々の世界に存在する物語でな、君の自衛隊での役割と合致する者がいる。それがオズの魔法使いにおけるグリンダという魔女だ」

「なるほど、異世界での協力者ですね。どうせ相手は日本の文化を知りませんし、名前が外国風でもバレないでしょうし」

「そういうことだ」


 矢沢と波照間は何やら嬉しそうな様子だったが、アメリアにしてみればさっぱりわからなかった。


 とはいえ、これも彼らなりの配慮に違いない。アメリアはひとまず好意は受け取ることにした。


  *


「到着しました。ここが目的地です」


 ずっと前を歩いていた女兵士が振り返ったのは、街の1割を占める広大な屋敷だった。


 スキャンイーグルの偵察結果によれば、敷地の半分は森に覆われており、残り半分は遊歩道や花壇、スポーツ用のグラウンドなどになっている。そこから北へ数キロ行ったところには領主軍の駐屯地があるが、そこは街の範疇員含まれていないようだ。


 女兵士が入口の警衛と短く会話を済ませると、鉄格子の扉が人の手もなく開いていく。魔法の力によるものらしく、わずかに扉には紫がかった光が揺らいでいた。


 ほぼ無言のまま我々を案内する2名の兵士。彼らは領主軍の兵士だろうが、ここまで何も話をしてこないのは不気味にさえ感じる。


 屋敷前に着くと、正面玄関がまたもや魔法で開いた。もしかすると、セキュリティ対策のために魔法でしか開かない仕組みなのだろうか。


「では、1階の応接間で待機を」


 女兵士がそれだけ言うなり、2人は地下への階段に消えていった。


「無愛想な人たちでしたね」

「やっぱり敵視されてるからかしら」


 波照間も同じ感想を抱いたらしく、彼らのそっけない態度には腹を立てている様子だった。


 とはいえ、それを嘆いている暇はない。我々の任務はベルリオーズ伯との交渉にあるのだから。周りの兵士がどう思おうがどうでもいい。


  *


 それから応接室で待つこと40分、さすがにしびれを切らしたのかアメリアも口をへの字に曲げ、憤然とした様子だ。


「一体どれだけ待たせるんですか!」

「どうやら、アセシオンには相手を待たせることで優位性を誇示する文化があるらしい。アメリアも知っていたか?」

「あ、そういえば父からも聞いたことがあります。呼び出しておいて待たせるなとか、結構愚痴を言っていました」

「やはりか……」


 時間をいたずらに浪費させることがどれだけ怒りを買うか彼らは知らないのだろう。このような塩対応をされると、思わず強硬姿勢に出てしまいそうになる。


 一方で、矢沢は帝城でのことを思い出していた。以前は出て行こうとした時に皇帝が現れたのだ。そうだとすると、今回もそのパターンなのかもしれない。


「波照間、出て行こう」

「そうですね」


 すっかり怒り心頭の波照間はすぐに賛成してくれた。アメリアも同様だ。

 ドアに手をかけると、予想通り反対側の扉が開け放たれて何名からの人間が入ってくる。


「お待たせしました。私がベルリオーズです。どうぞ席にお着きください」

「断ります。まずは謝罪からお願いしたい。我々の世界では、遅刻は最大限の侮辱に当たる。今後も話をしたいのであれば、二度としないことですね」

「……失礼しました」


 さすがに立場をわかっているのか、ベルリオーズ伯は軽く頭を下げて謝罪した。

 最初からこれでは、会談が思いやられる。矢沢の心中には落胆の色が広がっていた。

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