342話 乱入者たち

 矢沢の登場は、ラナーにしてみても予想外だっただろう。今の状況は、市民が裏切り者のラナーに怒りを覚えているだけでなく、護衛艦あおばに対しても敵意を向けているはずだ。


 もちろん、矢沢自身が逮捕される可能性は極めて高い。確かにラナーは悪いことをしたが、その元凶は灰色の船、もといあおばにあるのだから。


 それであっても、矢沢はここにやって来た。ラナーを見捨ててはおけなかったからだ。


「私は護衛艦あおば艦長、矢沢圭一だ。ラナーは私の良き友人として付き合っていた。確かに、彼女は私に対し、絶対に戦争をしてはいけないと懇願していたし、他方で一方的に全てを奪われた奴隷たちを救いたいと願ってもいた。我々の任務は理不尽に奴隷化された日本人たちの救助であり、ラナーが行おうとしている国家の改革とは全く無関係かつ、我々の意思決定や指揮系統にはラナーが介在する余地が一切含まれていない。それに加え、情報収集に関しても、ラナーからは国の紹介という形での公開情報のみの提供しかされておらず、機密に関しては全て独自で収集している。ラナーがスパイ活動を行ったという事実はどこにもない」

「ネモさん……」


 矢沢は表情を崩すことなく、冷静に言葉を並べ立てる。こちらも全て事実であり、何も嘘はついていない。


 ラナーは矢沢の協力者だ。一度限りのバイトのように使い捨てるのではなく、継続的に協力関係を築くパートナーとして彼女を選んだ。


 継続的に協力関係を築くパートナーは、それこそ互いに強く信頼していなければ成り立たない。ラナーと矢沢の関係は、もはや切っても切れない縁となっている。そのパートナーがどうなるかわからないというのなら、何としてでも助けるべきだ。矢沢はそう思いながら、この場に足を運んだ。


 話を聞いた裁判官らしき白いフードの集団は、互いに何らかの会話を交わしている。議場もまだ騒がしいままで、おおよそ裁判中とは思えないような光景が繰り広げられていた。


 そして数分後、ようやく裁判官が口を開く。


「わかりました。証人喚問は以上ですね」

「いえ、まだあります」


 裁判官の口を遮るように、矢沢が再び発言。傍聴席を通り、ラナーの傍に立ってから裁判官と向き合う。


「護衛艦あおばによる武力行使は、全て我々自衛隊の行動が許される範囲に留まっている。ダーリャでの行動も危害を加えられた私の保護という名目でヘリコプターを出動させており、基地への攻撃も不当に捕縛された私を公海上の武装組織から救出しただけに過ぎない。ラナーの救出に関しても、日本国への協力者救助という名目が立つ。なお、この協力者とはスパイ行為を行うものではなく、公開情報の提供を行う友好的な者という意味でも用いている。これがスパイ行為となるのであれば、現国王を含む王族や民間人も多数がスパイ容疑で逮捕されて然るべきだ」


 できるだけ話を拡大し、ラナーへの非難を別へ逸らす手を使う。問題を起こした者が策に窮した場面で、他人を攻撃する際に使う手口ではあるが、それでも何も言わないよりはマシだろうとの判断だ。


 しかし、検察官らしき黒い服の若い男は矢沢の意見に異議を申し立てる。


「司法神官殿、彼は事件の当事者、スパイ容疑の容疑者です。証言の信憑性には大いに疑問があります」

「我々自衛官は国家に属する組織でもとりわけ厳格に統制されています。こちら側の法律は知見が浅く、地球側の法律を参照すれば、こちらでの我々の行動は全て適法です。よって、わざわざ偽証罪に問われるようなことはできません」


 すかさず矢沢が口を挟むが、どう転ぶかはわからない。裁判官たちは再び議論を交わした後、正面を向いた。


「被告側証人の証言を却下します。あなたのおっしゃる法律とやらは、我々にとっては事実確認のしようはなく、証拠能力がないと判断しました」

「ふむ……」


 彼らの言い分も当然か、と矢沢はため息をつき、ラナーの傍を離れる。


 次はマウアが証言を述べる番だ。こちらも証人としては呼ばれていないが、それでも自分よりは説得力のある証言ができると矢沢は信じている。


「じゃあ、私の証言を聞いてください。私は実際にラナーをスパイと判断して捕縛しましたが、それらしい証言は一切引き出せませんでした。こちらに用意したジャマルの供述調書も同様です」


 そう言うと、マウアは軍用の革製ポーチから数十枚もの書類を取り出した。供述調書に加え、証拠となりうる他の書類も多数混ざっているようで、それを裁判官へと渡す。


 大神官も交えた調書の精査と議論を数十分ほど行っている間、ずっと待たされるハメになったが、これもラナーを助けるためだと思えばどうとでもない。


 そして、結果が出たらしい5名の裁判官が席に着き、大神官が最終的な審理の結果を読み上げる。


「審問官側からの求刑は死刑となっている。被告、何か言いたいことは」

「……あたしは、別にアモイを壊そうとしたわけじゃない。ただ、そこにいたかわいそうな人たちを助けたかっただけ。それにはネモさんたちは関係ないし、そっちだって、ドラゴンに襲われた時は助けるべきだって思ったから手を貸したわ。それくらいなら罪にならないでしょ? でも、それが罪だって言われるなら、もうあたしは軍人じゃいられないと思う。けど、これだけは言わせて。あたしは、困っている人を助けたかったの」


 ラナーは主張を押し付けるように言うのではなく、ただ静かに、自分の考えを述べるに留まった。これ以上手はないと、諦めている様子にさえ見える。


 すると、大神官が何度か頷き、息を整えて判決を言い渡す。


「では、これより判決を言い渡す。ラナー・キモンド被告、スパイ容疑で60年の国外追放とする。機密の漏洩やアモイに武力行使させたことに関しては一切の証拠がないものの、外国勢力との内通は事実であると認定した。アモイ王国に政情不安を呼び寄せたことは疑いようもない」

「え、60年……?」


 判決を聞くなり、ラナーの表情には複雑な色が浮かぶ。


 言い渡された判決は、60年の国外追放という軽い刑罰に終わった。エルフにとっても60年という月日は長いが、死刑や終身刑、永久追放が普通の国家反逆罪で有罪判決を出された例での刑罰としては、かなり軽いものに留まっている。


 もしかすると、これもジャマルや大神官の慈悲の表れなのか。そう思っていたが、大神官は続けた。


「ここからは神殿の最高責任者として言わせてもらう。この国はラナーの言う通り、誰かを犠牲にすることで成り立つ歪んだ社会構造をしておる。この状況に一石投じたのがラナーだ。今回の事件で誰かを犠牲にすることに異議を唱える者たちがおることは周知の事実だが、俺もそのうちの1人だ。俺はここに、アモイ王国に対するクーデターの実行を宣言する! 入れ!」


 大神官が右手を振って謎の衝撃波を発すると、それに合わせて見慣れない格好の兵士たちが議場へと突入してきたのだ。その先頭にはフウェレの姿がある。


「こ、これは……!?」

「エルさんがクーデターを起こすって話、聞いてなかったかしら?」

「いや、全くの初耳だ」


 矢沢が驚愕のあまり後ずさりしていると、いつの間にかマウアが傍にいた。クスクスと笑う彼女は、心の底から嬉しそうにしている。


「これで、あの子が本当に望む居場所を作ってあげられるわ……」

「全く、君は……」


 このような強引な手でラナーが喜ぶとは思えないが、それでも彼らなりに行動した結果だろうということは、矢沢にも少しはわかった。


 すると、突入してきた部隊に続き、波照間も議場へと乱入してくる。


「ごめんなさい艦長さん、今は余計なことをされたくないからって、この件のことを黙ってろって言われたんです」

「はぁ……わかった」


 わざとらしく説明する波照間だったが、それでようやく彼らが何者なのか矢沢にもわかった。


 この集団は、どうやら波照間が獲得した協力者であるアフモセの傭兵部隊らしい。どのような手を使ってか知らないが、彼を丸め込んでクーデターに参加させた、というところだろう。


 どうやら、大神官も彼なりに色々考えていたようだ。これからの行方は見当がつくが、今は見守らせてもらうことにした。

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