373話 相応の対価を

 相手側との実務協議を経ない、ぶっつけ本番の代表者との会談。不安はあったが、この国との関係を構築する大事な面会となることは確かだ。


 だからこそ、慎重に遂行せねばならない。ここでポジティブな関係の構築に失敗すれば、一気に軍事的な緊張を高めることになってしまう。


 無用な対立を避けるため、出席者はパロムとミルを除けば全て自衛隊員で構成されている。矢沢と愛崎、大宮、環、そして、仲介役であるパロムとミルの6名だ。


 ミルが操る牛車で向かった先は、赤茶けた土を固めて建造された巨大な城郭だった。濠の類は見当たらず、防備のための施設や構造もあまり見当たらないことから、外見を重視した居城であることは目に見えてわかる。


 ミルが牛車から降りて扉を開け、矢沢に降車を促す。


「ささ、どうぞですにゃ!」

「わかったから急かさないでくれ」


 矢沢がステップに足をかけて降りると、そのまま正門を見渡す。


 木製の柱は朱色の塗料で塗装されており、屋根も明るい灰色の瓦が使われている。まさに中国文化をほうふつとさせるようなデザインだが、壁に施されている金や青の文様は明らかに中国のそれとはかけ離れたものとなっている。どちらかといえば、アフリカの家屋に見られるまじないの類にも見える。おまけに、屋根は急斜面となっていて、瓦は何らかの形で屋根に固定されているのだろう。


「それじゃ、早く行くにゃ」


 ミルは矢沢が降りたことを確認すると、彼の方を向いたままドアを足蹴にして乱暴に閉じた。その際、中から「ぶっ!?」と大宮の声に似た謎の音が響いたのを、矢沢は確かに聞いていた。その後に大宮が顔に腫れ跡をつけてミルに怒りをぶつけていたので、大宮が何らかの被害を受けたことは容易に想像できた。


  *


 シャム猫のように顔が黒い毛で覆われた侍従の案内を受け、矢沢らは建造物の中に通された。城壁の内側は極めて広く、サッカーコートが幾つも入りそうな規模だ。その所々では建物と同じく赤茶けた制服をまとう兵士たちが槍を持って訓練を行っている。


「やはり主力は槍なのか」

「ははっ。槍ごとき、俺たちの小銃には敵いませんよ」


 槍兵の方も見ず、呑気に笑う大宮。相当油断しているのは確かだが、矢沢にしてみれば見過ごしがたい判断だ。敵を侮ることは死に直結する。


 矢沢が注意しようとしたところ、大宮の右隣に謎の影が現れた。気づけば大宮の喉元に槍の穂先が突きつけられており、当の大宮は冷や汗を流していた。


「ま、待ってくれよなぁ」

「ごめんあそばせ。ですが、あまり見くびってもらっては困りますゆえ。ふふ」


 槍を突きつけていたのは、矢沢らを案内していた侍従だった。気づけば矢沢の前から彼女がいなくなっており、一切気取られることもなく大宮の隣に移動し、どこからか槍を召喚していたのだ。


 確かに侮れない相手ではあるようだ。


 すると、パロムがぼそっと耳打ちしてくる。


「いいの? これってまずいと思うんだけどね」

「確かに目に余るが、ここは目を瞑る」


 場合によっては糾弾してもよかったのだが、ここは抑えることにした。今は重要な時期、不用意に敵対心を煽っては会談の意味がないのだから。


  *


 通された先は、この宮殿における一番広い応接間だった。パロムの説明によれば他のマオレン国家との外交交渉に使われる場であるらしく、他種族の会談に使われることは異例のことだという。パロムのメンツを立てていることが窺い知れる。


 長テーブルの中央向こう側には、レン側代表者らしい3名の男が座っていた。中央の男はチーターの顔で、右側の男はライオンに、左側の小柄な男は環曰くカラカルに似ている。


「我が国にようこそいらっしゃいました。ご自由におかけくださって構わないのです」

「ええ、それでは」


 矢沢は促されるままに着席。相手に護衛らしき兵士がいないことから、護衛の愛崎らも一緒に席へ着いた。


 できる限り、相手の手の内を探りたい。神器の存在はもとより、奴隷化された邦人の人数、それに戦力もできるだけ。


 もちろん、矢沢が手配した部隊が調査に当たっているのだが、その裏付けを取るためにも彼らから何かの話はしてほしいと思っていた。


 すると、突如として矢沢の椅子が軽く蹴られる。椅子が動くほどではなく、しかも隣から足が飛んできた。パロムがやったのは間違いない。


 左手に目をやると、パロムは前を向いたままメモ用紙をレン側に見えないよう手渡してくる。


『余計な考え事をするな。気が散る』


 パロムらしい忠告だった。彼女の能力を考えれば、こういう真剣な場ではノイズが邪魔なのだろう。矢沢はなるべく物事を考えないよう努力することにした。


「どうかなさいましたか?」

「いえ、足元に違和感を覚えたもので」


 中央の男がニコニコと外面の笑みを浮かべて質問をしてくるも、矢沢は軽く流した。彼も何が行われていたか薄々わかっているのだろうが、それをあえて言う必要は一切ない。


「そうですか。ご気分が悪くなればいってください。我々の医療チームは先進的故に、どのような病気を患っておいででも完璧に治療を行えるのですな」

「それは心強い」


 よくある決まり文句に社交辞令を送る。おべっかが上手ではない矢沢でも、このくらいはできる。


「さて、紹介が遅れましたな。我はハオ・シェイ、この国の軍務大臣なのです。左手はトンウェン・ウェイイー宮廷参謀、右手はフォン・タン・ザップ陸軍大臣なのです」


 ハオと名乗ったチーター顔の男は、順に参列者たちを紹介していく。その際、ハオは左手と言いながらも、矢沢から見れば右側の男を紹介していたりと、自分本位な目線で話をしていた。


「矢沢圭一1等海佐、護衛艦あおば艦長です。左隣から愛崎2尉に大宮2尉、環1士です。右手の彼女らは説明不要でしょう」

「というより、我らの守護者なのですからな。よく存じていますとも」

「守護者って言われても、うちらは勝手に住んでるだけなんだけどね」

「え、そうなのにゃ?」


 パロムが妙なしたり顔で言うと、ミルが呆気に取られた顔をパロムに向けた。ミルもパロムを守護者だと勘違いしていたのだろうか。


「それはそうと、ご用件は伺っているのです。こちらが取引した奴隷を返還してほしい、ということでよろしいのですかな?」

「その通りです。もちろんタダで、とは言いません。身の代金を出す用意もできています」

「なるほど、身代金込みと。なかなか話がわかる方々で安心したのです」

「矛を交えることは何としても避けたい。我々としても、仲間を助けられるのなら是非ともそうしたいと思っています」


 矢沢が語っているのは全て本心だ。金銭を出せば解決できるのであれば、それに越したことはない。他国では金が広く流通していたので、こちらでも有力な資金源となることは容易に想像できる。


 すると、隣のトンウェンという男がハオに耳打ちする。体毛でモフモフしている手で口元が覆われていたために内容はわからなかったが、何かよからぬ話をしているのではないかと勘繰らざるを得ない。


 やはりと言うべきか、ハオは何度か頷き、そして穏やかな口ぶりで話し始める。


「そうですか。とはいえ、金銭だけでは解決できない問題もあるのです。できれば、それ相応の能力を持った奴隷との交換、としてもらいたいものです」

「と、言いますと」

「卓越した医療や薬学、経済論を備えた奴隷と引き換えに、とでも言いましょうか」

「む……!」


 彼の言葉で、矢沢はどういうことか全て理解できた。


 ハオが言っていた「先進的な医療技術」とは、地球側の現代医療だったのだ。


 とすると、こちらに医者が囚われているのは確実だ。どれだけ再現に成功しているかは不明だが、医療は軍事力に大きく寄与する。早めに奪還せねば、この地域一帯の軍事バランスが崩壊しかねない。それはジンたちも望まないことだろう。


「……そこは保留ということで」

「ええ、ええ。よろしいのです」


 ハオは得意げに言うと、用意されていた茶器に手を付ける。


 どうやら、こちらも一筋縄ではいかないらしい。矢沢は思わず目を瞑り、悔しがるしかなかった。

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