372話 インテリジェンスの一歩

 戦争遂行に当たって一番重要なのは、目標の設定だ。


 もちろん、どんな国家でも戦争目的は最初に設定される。でなければ、そもそも軍事行動を取る意味がない。


 しかし、予想外の事象によって計画が狂い、途端に烏合の衆にも劣る醜態をさらしながら損害を出し続け、結果的に敗北を喫することになるなど、歴史上ではよくあることだ。


 そこで、矢沢には複数のプランを練ることが要求されていた。最低でも3つの邦人解放計画、それぞれの計画で行う主作戦と、それを構成する複数のキャンペーン、そのキャンペーンを遂行できなくなった際のバックアッププラン、そして途中での計画変更を含む対応策が十数個。


 対話オンリーでの平和的な交換計画から、虐殺に等しい行動をも含む全面戦争まで、あらゆる計画を立てておく。矢沢がパロムの家で行っているのは、その根元となる戦争計画の立案だった。


 隊員たちがまとめてくれた資料は手元にあるが、それでも情報は足りない。隣国のアルトリンデやシュトラウスのことはほとんど載っておらず、隣国を利用した作戦は立てられない。


 やはり、国内だけで済ませるしかないのだろうか。


「ヤザワ様、失礼しますにゃ。お茶をお持ちしましたにゃ」

「ん? ああ、ミルか。すまない」


 突如として矢沢の背後から声をかけてきたのは、紛れもなくミルだった。お茶を多めに注いだ茶器を資料から少し離した場所に置き、矢沢の様子をうかがう。


 不意に声をかけられたことで、矢沢は少し驚きながらも平静を装う。ここでみっともないところは見せたくなかった。


 すると、ミルは混じりけのない満面の笑みを見せてくれる。


「お気軽に何でも言ってくださいですにゃ」

「わかった。早速だが、質問をしたい。他の国々との貿易のことを知ってはいないか? 特にシュトラウスのことを知りたい。よく買い物に行くというのなら、何か外国の話を聞いてもおかしくないはずだが」

「えーっと、あんまりそういうのは聞かないにゃ……それに、ドレイクは嫌いにゃ」

「そうか、すまないな」

「べ、別に大丈夫にゃ!」


 ミルは頬を赤らめながら慌てて手を振るが、それでも彼女が嬉しがっていることは隠せない。


 だが、知らないものは知らないというのは変わらない。そうなれば、詳しそうな人物に聞くのが一番手っ取り早い。矢沢は部屋を出て階段を降り、その人物へと会いに行く。


 お目当ての人物は、予想通り風呂場にいた。木製の風呂桶を掃除している最中のようで、矢沢が来たことにさえ気づかないほどに集中している。


「パロム、少し聞きたいことがあるのだが」

「だいたいわかってるからね。ドレイクと協力関係を結んで圧力をかけたいんだよね?」

「端的に言えばそうだ」

「無理だね。うちがどうしてマオレンとドレイクを戦わせるって手段を提示したと思う? それはね、ドレイクがマオレンより凶暴で、女子供でさえよく殺すからだね。捕虜を取らないっていうことは、その場で皆殺しだからだね」

「捕虜を、取らないのか……」


 またしても、矢沢はこの世界の異質さを理解することになる。戦闘に勝利しても捕虜を取らないとなれば、戦闘員や非戦闘員の分け隔てをすることもなく、ただ虐殺するだけとなってしまう。


「む……とんでもない連中だな」

「略奪し放題で殺し放題の、マオレンより野蛮な爬虫類だね。おおよそ文明的じゃないね」

「どうもそうらしい。ということは、協力は不可能か……」

「君のプランだと、奴隷を持たないシュトラウスと同盟を結んでレンに圧力をかける予定みたいだけど、まず難しいね。それとアルトリンデだけど、レンとの国境を接する西部方面は無法地帯でね、貴族の統治もあまり行き届いていない。東方のウェインライト辺境伯は単独で他国への侵攻を行えるほど強力な軍備を持ってはいるけど、西方への遠征能力はないから協力しようにも手出しできないんだよね」

「そこでもダメなのか……」


 矢沢が次の狙いであるアルトリンデのことを言いかけると、パロムが言うべきことを先に言って話を途切れさせる。パロムの能力もさることだが、それ以上に周辺国の状況は悪い。せっかく奴隷を扱っていない国がレンと敵対させられる可能性を潰されてしまえば、頭を抱えるのも無理はなかった。


「こうなれば、やはり我々だけでやるべきか……」

「十分に強い人たちばかりだし、いいんじゃないかね。確実性の高さで言えば、何もかも内輪で終わらせてしまうことだよね」

「そういうことなら、準備は入念に行わねばな」


 パロムから得られた情報は決して悪いものだけではない。矢沢はメモ帳に幾つか記録を取っていくと、今度は別の話題に移る。


「それと、先方との会談の件はどうなった?」

「もうそろそろ準備ができる頃だから、後は連絡を待つだけだね。とりあえずお金を積むのは決定だろうし、作戦の方にも注意しておいて損はないだろうね」

「わかった。そうさせてもらおう」


 矢沢はパロムの笑みを背中に受けながら風呂場を後にした。


 となれば、行うべきは奴隷商人が持っているであろう売買記録の捜索だろう。これを入手して全員分の行方が明らかになれば、有利に交渉を進められる。


 矢沢は通信機を取ると『あおば』に回線を繋いだ。


 まずはインテリジェンス。少しやり方は強引ではあるものの、必ずや自衛隊側の助けとなることだろう。

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