349話 レセルド・フォレスタル
日時と場所は伝えてあるはずだが、10分を過ぎても波照間は王宮の広場に現れなかった。代わりに彼女からの通信で到着が遅れると聞いているので、まだ時間を潰すことはできるが。
一体どうしたのだろうと思いつつ、矢沢はアメリアとSH-60Kのキャビンから足を放り出し、差し障りのない世間話に興じていた。
「はい。まーくんってば、久々に会えたのがすごく嬉しかったみたいで……」
「それで今は爆睡中、というわけか」
「何だかんだ言って、疲れが溜まっていたみたいです。任務も人が多いところを行ったり来たりだったみたいですから」
「銀にも感謝しなければな。後でご褒美でもプレゼントできればいいのだが」
「フリオの実っていうフルーツがあるんですけど、それをあげたらいいと思います。大好物なんですよ」
「わかった。調達しておこう」
ニコニコと慈愛に満ちた笑顔を浮かべるアメリアに、矢沢は小さく頷いた。
銀はただのネズミではなく、アメリアにとって大切な友人であると共に、自衛隊側の頼もしい協力者であり、艦内のちょっとしたアイドルという地位をいつの間にか築いていたらしい。最低限、彼女を労うくらいのことはしてやりたかった。
アメリアの最もつらい時期、銀はペットとして共にあった。父親を敵対勢力に拉致され、母を祖国に処刑され、家族が崩壊したアメリアの心を、わずかにでも救っていたのは銀だ。決して無下にはできない。
銀の好物というフルーツをどこから調達しようか悩んでいたところ、ようやく波照間が広場へと現れる。その背後には、1人の人族男性を連れながら。
「艦長さーん、すみませーん! 道が混んでいたもので、遅れてしまいましたー!」
「ああ、大丈夫だ!」
ヘリのエンジンとローターが発する爆音で声をかき消されながら、波照間は手を振りつつ遠くから話しかけてくる。矢沢も大声で応対し、立ち上がってそちらへ歩き始める。
波照間が連れていたのは、40代後半と思しき銀髪の中年で、かなり痩せているが背丈は180㎝程度とやや高めだ。
頬はこけてしまっており、日に焼けた裸の上半身は肉が落ちてあばらが浮き、腕も細くなっている。エルフの雑貨屋で買ったばかりと思われる白い腰布を身にまとっているが、その下から覗く脚もやせ細っていた。
見るからに古代文明の奴隷といった雰囲気で、今にも倒れてしまいそうな見た目は痛々しさすら感じられる。
矢沢は彼の姿を横目で一瞥し、波照間に問いかける。
「ところで、彼がフォレスタル氏か」
「そうです。アネルネの一角で水運びの奴隷として使われていたところを、身の代金と交換して保護しました」
「そうか。ありがとう」
「いえ、それはこちらの台詞です。助けて頂き、本当にありがとうございます」
矢沢と波照間の会話に割り込むう形で、フォレスタルという痩せた男は深々と頭を下げた。
彼はアメリアの父、レセルド・フォレスタル本人らしく、波照間が奴隷の売買記録を漁っていたところで彼の記録を見つけ、アネルネに直接赴いてアメリアのことを含む質問を何度かして本人確認をしたようだ。
矢沢は既に死亡したものと思っていたが、こうして今も健在なことは予想外で、とても喜ばしいことだ。アメリアのエルフへの敵愾心も晴れるといいのだが、この状態になった彼を見て、また怒りを増幅させてしまうかもしれない。その懸念はあったが、見つけたのなら会わせない訳にはいかなかった。
彼も早く娘に会いたいらしく、矢沢の肩を掴んで顔を近づける。
「艦長殿、あなたの活躍は耳にしております。アセシオンに取り残された娘を助けてくださったとか。是非とも、すぐにアメリアと会いたい。どうか、あなたの船に連れていってくれませんか」
「その必要はありません。あそこで待っているのがアメリアです」
矢沢はぼんやりとこちらを眺めているアメリアに目を移す。どうやら両者の視界に矢沢が割り込んでいたらしく、アメリアもレセルドのことを認識できていなかったようだ。
アメリアとレセルドが引き離されてから、既に8年近くが経過している。大きく成長したであろう娘の姿を一目見たレセルドは、何のためらいもなくアメリアへと駆け寄る。
「アメリア! 私だ、パパだよ!」
「へ……? えっ、お父さん……?」
矢沢がどいてからもアメリアはレセルドのことをしっかり認識できていなかったようで、声をかけられてようやく目を見開き、大口を開けて驚いていた。
そして、レセルドがアメリアの上から抱きつく。彼が誰なのかを完全に理解したアメリアも、レセルドをぎゅっと抱きしめた。
「すまなかった。お前を1人にして……」
「ううん、私は大丈夫だから……それより、お母さんが……っ」
「ああ、聞いたよ。私の、せいだ……本当に、本当にすまなかった……」
「今帰ってきてくれたから、いい、です……」
それから暫くは、空白の8年を埋めるかのようにずっと身を寄せ合っていた。アメリアのワンピースやレセルドの背中は、その間にしっとりと濡れていたのだった。
*
ヘリのランディングギアが王宮の庭を離れ、あおばへの帰路に就く頃、ようやくレセルドとアメリアは落ち着きを取り戻した。それでも涙は枯れないままだったが。
事情を聴いたアメリアは、何度も波照間に頭を下げ、感謝の言葉を口にしていた。
「本当にありがとうございます。お父さんを見つけてくれて……」
「いいのいいの。これだって任務のうちなんだから」
涙どころか鼻水まで垂らすアメリアとは対照的に、波照間は終始得意げに腕を組んでいた。
生き別れになった親子の再会を手伝う。これほど素晴らしい任務があるだろうか。波照間の心中も、矢沢は容易に察せられる。
「波照間くん、君にも感謝しなければな。よくやってくれた」
「いえ、この任務ばかりはアメリアちゃんの笑顔が報酬です」
波照間はわざわざ手を膝に乗せて矢沢に応対すると、2人だけで話し込んでいるアメリアとレセルドの2人を見やる。
紆余曲折あったが、どうやらアメリアは大丈夫そうだ。
いつか、北朝鮮問題もこのように解決できればいいのに、と矢沢は2人を見ていて感じていた。
8年どころではない。40年、50年経ってもなお、北朝鮮の拉致問題には終わりが見えない。
会いたくても会えない家族たち。その誰もが、いつか2人のように心の底から笑えるようになることを信じて、矢沢らはエルフたちの国を後にするのだった。
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