331話 サファギンの包囲

 護衛艦あおばはドラゴン襲撃前と同じ位置に停泊しており、前回と同じくエンジンをアイドリング状態にしたまま周辺の警戒を行っている。


 エンジンをかけっぱなしにしている故に、もちろん燃料は多く消費する上、機関科の作業量も増えてしまうものの、前回のように不意の襲撃を受けてもすぐに動けるようにとの判断からだった。


 矢沢に代わり艦の指揮を担う佳代子は、CICにて測量作業の支援を行っていた。海底地形の把握は専用の装置がない上にアモイ側の監視の目もあるため行えないものの、陸上の地形などはAH-1Zなどを使ってある程度把握できる。


 現在もAH-1Zを飛行させ、レーダー装置であるCRSで周辺のプロファイリングを行っていた時のことだった。パッシブソナーを担当する水測員が佳代子に報告を上げる。


「副長、水中で不審な雑音あり。生物か何かが沖合から多数こちらに向かっているようです」

「生物ですかぁ? クジラとかじゃないですよね」

「それより小型かと思われます。もうすぐ近くまで来ています」

「こういうことって珍しくないんでしょうかね? でも、万が一っていうこともありますし……艦橋、水上見張りを強化せよ」

『こちら艦橋、見張りを強化する』


 この世界では地球の常識は通用しない。そんなことは十分に学んできた。だからこそ、佳代子は念のために警戒を強化させることにした。


 心配が杞憂であればいいが。佳代子はそう思いながらも、通信員を介して飛行科の指揮を直接取る仕事に戻る。


 だが、それから数分と経たないうちに艦橋から連絡が入る。


『こちら艦橋。海面に浮遊物多数。暗くてよく見えませんが、何らかの生物であることは間違いありません』

「生物ですかぁ……監視を継続してください」

『了解』

『待って! あれはサファギンよ、警戒して!』

「ふぇ、どういうことです?」


 佳代子が通話を終えようとしたところに、マウアが慌てた様子で割り込んできたのだ。その理由を聞かないわけにもいかず、佳代子はマウアにどういうことかと質問をする。


『サファギンの国はアモイの友好国なのよ。もしかすると、ラナーの主張に異を唱える連中が背後にいるかもしれないわ。そうなると、戦いは避けられないわ。それでなくとも、守り神を倒しちゃってるんだから、どうなるか……』


 マウアの声は真剣そのものだったが、聞き慣れない話もかなり混ざっていて、佳代子どころか彼女の話を聞いている者たちにも何が何だかよくわかっていない。傍で聞いていたらしい鈴音がマウアの話に割り込む。


『おい、守り神って何だよ。オレたち何かやらかしたのか?』

『ああ……昼に倒したドラゴンだけど、セグルトム種っていうサファギンが守り神って崇めてる種類なのよ』

「あう、そんなぁ……」

『何でそんな大事なことを言わなかったんだ……』

『しょうがないでしょ! 見てるかどうかもわからない魚類のことを考えて、ラナーの命を危険にさらせると思う?』

『くそ、どうしろってんだよ……』


 心臓が凍り付くような思いをしている佳代子をよそに、鈴音は怒りと諦めを湛えた声をマイクに吐き出す。


 ドラゴン退治は不可抗力だった。戦わなければ、負けたのはあおばの方だ。暴走したドラゴンを倒したせいで他の種族を怒らせるなど、誰が予想できようか。


「とにかく、かんちょーに連絡ですよう!」

「はい、ただいま!」


 通信士は佳代子の指示を受けると、地上にいる矢沢に連絡を取る。敵襲の可能性があるのであれば、報せないわけにはいかない。


 通信が繋がると、矢沢の普段通りの平静な声が流れてくる。


『こちら矢沢、どうした』

「かんちょー! やばいですよ、周りを半魚人だか人魚だかよくわかんない連中に包囲されてますっ!!」

『くそ、遅かったか! 今すぐ戻る!』

「は、はいいっ! 今すぐヘリを出しますっ!」


 矢沢との連絡はそこで切れた。何か知っていたのか、佳代子が状況を説明すると声色を変えて語気を強めたのだ。


 もしかすると、何かまずいことが起こっているかもしれない。佳代子は不安を抱えながら、航空機発進の指示を出す。


「エグゼクター1、直ちに発進せよ! かんちょー他上陸部隊を回収!」

『こちらエグゼクター1、了解』


 格納庫で待機していたSH-60Kが発進準備を始める中、再び艦橋からの連絡が入る。


『副長、相手方が艦の代表者と話をしたいと言ってきています。どうしますか?』

「話し合いですか……かんちょーが戻って来るまで待ってくださいと伝えてください」

『了解』


 相手から伝えられた、話し合いをしたいという提案。攻撃するために包囲しているだけではないのか、相手は何を望んでいるのか。佳代子は訝しんでいたが、対処はこれから戻って来る艦長に任せるしかない。


 自分は出来る限り艦の保護に努めるだけでいい。それが自分の仕事なのだからと心中で自分に言い聞かせた。

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