332話 鎮魂の英雄

 SH-60Kがあおばに着陸すると、瀬里奈とマウアがヘリに駆け寄り、降りてくる矢沢らを出迎えた。


「おっちゃん、どないするん!?」

「まずは対話だ。向こうがそれを望むなら、それに越したことはないからな。マウア、彼らのリーダーはわかるか」


 矢沢は瀬里奈に淡々と言うと、マウアに案内を頼む。彼女は小さく頷き、左舷側を指差した。あおばから数十メートルほど離れた真っ暗な海面に、ほんの少しだが何かの影が複数見えているのが確認できる。それこそ、あおばの明かりの照り返しを受けているだけなので姿は見えないが、そこに何かがいるのだけはわかる。


 ひょっとすると、あの影が大神官の言う「サファギン」という生物なのだろうか。


「連中、エルフの私がいるのに、あんまり近寄ってこないのよ。元々何考えてるかわからない連中だし、用心しなさいよ」

「ああ、そうしよう。愛崎、アメリア、援護を頼む」

「了解」

「は、はい!」

「ネモさん、あたしだってやれるんだけど?」


 神妙な顔つきをする愛崎とアメリアに続き、ラナーが得意げに腕を組んでウインクしてくる。しかし、ラナーだけはマウアが横やりを入れる。


「ラナーは私と話しましょう」

「そんな、あたしだって戦えるのに」

「そうじゃないわよ。ジャマルに何言われたか聞かないと」

「うーん……はぁ、わかったわよ」


 マウアの冗談を一切含まない鋭い目線に射抜かれたラナーは、さすがに逆らえなかったようで困り顔を作ることになってしまう。


 マウアはラナーの味方をすると決めている。よっぽどのことが無い限りおかしなことにはならないと信じ、矢沢はラナーを見送ることにした。


「ラナー、君はマウアに色々と説明する必要がある。親代わりなのであれば尚更だ。こっちは大丈夫、何とかしよう」

「うん。信じてるから。ぶい!」


 ラナーは花のような屈託のない笑みを見せると、例のVサインを贈ってくれる。


 矢沢も軽く手を上げて別れの挨拶とし、マウアと共に格納庫へ足を向けるラナーとマウアを見送った。


  *


「私は海上自衛隊所属、護衛艦あおば艦長、矢沢圭一1等海佐だ! 話をしたいという者がいると聞いた、姿を見せてほしい!」


 矢沢は左舷側に見える影に向かい、大声で自己紹介を投げかける。すると、影たちがゆらゆらと動きを見せた。何かを相談しているのか、ほんの少しだが話し声のようなものが聞こえてくる。


 それから数分後、3つの影があおばへと近寄ってくるのが見えた。矢沢はあれが代表者らかと考え姿を確認しようと目を凝らすのと同時に、ホルスターにしまい込んだ9mmけん銃の安全装置がかかっているかを今一度確かめる。


 影が近づいてくると、あおばからの照り返しが強くなり、その顔立ちも判別できるようになった。先頭を泳いでいたのは長い金髪の可愛らしい顔立ちをした少女で、耳の代わりにヒレのような器官が付いている。一方で、背後に控えるのは青い鱗の魚たちだ。


「えっと、そのぅ……あなたが、英雄さん、ですか……?」

「ん? 英雄だと……?」

「その、はい……」


 ヒレをつけた少女は、今にも消え入りそうな声で弱々しく語りかける。矢沢はよく聞こえない声のせいで聞き間違いでもしたのかと思ったが、どうやら冗談ではないらしい。


「すまない、どういうことか全くわからんのだが」

「うえっと、あうぅ……」


 どういうことか全く理解できなかったので少女に説明を求めたつもりだったのだが、当の少女は顔を赤らめて俯き、縮こまってしまうばかりだった。


 さすがに見かねたのか、背後に控えていた魚のうち1匹が前に進み出る。


「イヤハヤ、すみませんでしたナ。姫様は極度のアガリ性でございましテ。特に人族とは最近になって交流を持ったばかりデ、しかも最初に交流を持った3名は自殺してしまったせいデ、強いトラウマになっているのでございまス」

「むぐ……!? あ、ああ。わかった」

「うっそだろおい……」


 進み出て来た魚は、突如として口をパクパクさせながら言葉を発した。妙に甲高くひょうきんな声だったこともあり、矢沢と愛崎は思わず顔を強張らせて後ずさりをしてしまう。


 無論、そんなことをしては失礼に当たるというもの。すぐに我を取り戻した矢沢は、平常心を保とうとバレないように深呼吸する。


 すると、愛崎がぼそっと耳打ちしてくる。


「あの魚、喋りませんでした?」

「やめろ。失礼だぞ」

「りょ、了解……」


 愛崎は目を伏せると、矢沢から大人しく離れた。


 幸いにも魚たちには聞こえていなかったようで、先ほどの魚が言葉を継ぐ。


「どういうことかわからないということハ、ご自分が何をしたかわかっていらっしゃらないト、そういうことでございますネ」

「う、うむ」

「昼頃に、あなた方と狂ってしまわれた竜神様が戦っているのを見た者がおりまス。あの竜神様を鎮めて頂いたことを感謝しているのでございまス」

「竜神様を鎮めた?」

「そうでス。闇に呑まれてしまった竜神様を苦しみから解放したあなた方ハ、まさしく鎮魂の英雄と呼ぶに相応しいかト」

「ふむ、そうですか。ですが、あの行動は自衛のためであって、決して他人から称賛されるようなものではありません」

「イエイエ、結果的には我々が崇める竜神様を救って頂いたのでス、お礼はワレらが言いたいのでございますヨ」


 そう言い切ると、従者の魚は体を上下に揺すりながら、口からコポコポと奇妙な音を立てる。かなり気味が悪い様子だったが、アメリアはその魚に笑顔を向けた。


「私たちがしたことが役に立ったのなら、とても嬉しいです」

「アメリア、あの魚は何をしているんだ?」

「あれでも笑ってるんです。ヤザワさんも何か言ってあげてください」

「あ、ああ……わかった」


 矢沢は平然としているアメリアに軽く頷くと、魚たちに再び顔を向ける。


「では、ご好意に甘えて、礼は受け取っておきます。また何かありましたら、気兼ねなくご連絡を」

「了解しましタ。それでは」


 魚たちは頭を下げると、今まで腕を縮こませながらも艦に目を走らせていた、姫様と呼ばれる少女を連れて海に戻ろうとする。


 しかし、姫様は魚たちに何か一言言うと、矢沢に近寄って恥ずかしげに声をかけた。


「そ、その……もしかして、ですけど……英雄さんの船って、どこか別の世界から来た、とか……?」

「ええ、その通りです。それがどうかされましたか?」

「いえ、時間がある時で構いませんので、一度バルトネウムに来ていただけないかと、思いまして……見せたいものが、あるんです……あう」

「承知しました。では、アモイとの交渉を終え次第、バルトネウムに伺います」

「は、はい……お待ち、してますから……っ」


 姫様は腕で体を抱きながらフルフルと体を震わせ、早々に海へと戻っていった。


 見せたいものが何なのか気になるところだったが、今はアモイの問題を解決する方が先だ。矢沢はサファギンたちが海へ戻っていくのを見届けると、艦長室へと足を向けるのだった。

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