番外編 同盟のジレンマ・その4

「元来、海上自衛隊と韓国海軍の仲は良好だった。政治レベルでは確かにひずみは大きかったのだろうが、少なくとも自衛隊と韓国軍は一致して北朝鮮に対応していたし、交流も盛んだった。自衛隊の主な士官学校である防衛大学校も、韓国人留学生の受け入れが盛んで、文化研究同好会もある。軍事ウォッチャーでも韓国には厳しい意見は多いが、海軍だけは「まとも」とも言われていたのだが……」


 矢沢は次の言葉を継ぐのを渋り、ため息をついた。


 しかし、同盟の話をする上では重要なことだった。いかにして友好関係は破壊されるか、同盟にひずみが入るか。まだ子供である3人には説明するべきだと矢沢は明確に認識している。


 矢沢は机から適当な資料を引っ張り出し、そこに描かれた自衛艦旗を見せる。


「海自は軍籍と同等なものを表す旗として自衛艦旗を用いている。これは太陽と陽光を図案化した十六条旭日旗を参考にしていて、50年以上も使われている。韓国に艦艇が派遣されるようになった96年以降も批判を受けるようなことはなかった」


 それなのに、と諦めを含んだ口調で矢沢は続ける。


「13年近く前から、韓国はこの旭日旗に対して猛烈なバッシングを行うようになった。元はただ政治パフォーマンスをしてはいけない場所でそれを行い、行為を非難された人物が論点をすり替えるために旭日旗を攻撃したが、いつの間にか挙国一致で行われるようになった。しまいには7年前の韓国における観艦式では、この旭日旗を理由に日本は不参加となった。旭日旗をつけた艦艇は入港させない、と韓国側が通告してきたからだ」

「些細なことから国際問題に発展するケースはよくあるぞ。ダリアも10年前には『アセシオンが魔物を輸出している』という貴族院議員の個人的な発言に周りの国が乗っかってな、かなり広い範囲で軍事的な小競り合いが発生したんだ。それまでは均衡を保っていた戦力バランスが、その小競り合いに対応したアセシオン領主軍の軍拡で崩壊した。その後は知っての通りだ」


 はは、と自嘲気味にロッタは言う。そのダリア議会の議員の発言が直接な引き金ではないだろうが、それすらも大局に影響を与えかねない、という点においては一致する。


 まさに、カオス理論におけるバタフライ効果だ。どこからかポッと出てきた小さな要素が、世界的に大きな影響を与える。というより、それらはトリガーとなった出来事なのだろう、と矢沢はぼんやりと考えた。


「この世界も大変だな。ただ、先に言った旭日旗の話は序章に過ぎない。海自でも韓国海軍に疑念の目を向ける者が出てきた決定打は、入港拒否の1年後にあった出来事のことだ」


 矢沢は冷えた水を口に含むと、言葉を選ぶようにゆっくりと話をし始める。


「日本が経済活動の管轄権を持つ海域を航行していた韓国海軍の駆逐艦が、哨戒活動をしていた日本の哨戒機にレーダー照射を行った。これは言ってしまえばロックオン、剣を向ける行為だ。日本は通信に出るよう呼びかけたが、それでも相手方は出ない。それどころか2度に渡って繰り返す始末だ。韓国側は傍にいた遭難船を探すために火器管制レーダーを使った、日本側が接近したのが悪い、と二転三転する支離滅裂な発言を繰り返した。日本は強く反論したが、議論は平行線。結果、韓国に疑念を持つ海自隊員は増えた。私もその1人だ」

「要するに、仲間なのに攻撃の意思を見せたことを何でうやむやにしようとするんだ、ってことですね」

「そういうことだ」


 アメリアが軽くまとめた総括に何か言うこともなく、矢沢は頷いた。このことはその一言で説明できる。


「緊張状態にある国々でのレーダー照射はそれなりの頻度である。冷戦期は米ソ共にそういう事例はあったし、日本も中国から受けたことがある。ただ、今回は曲がりなりにも準同盟国に対して意図的にロックオンし、それを日本が悪いと一方的に罵ったのが悪い。この影響で自衛隊を管轄する防衛省の認識は大きく変わったし、隊員レベルでも反発はあった」

「そのことはよく知らないけど、味方内でケンカを吹っ掛けられちゃたまったものじゃないわね」

「フロランスの言う通りだ。政治でどうこうするのであれば何も言わないが、隊員にまで不信感が募っては、こちらとしてもやりづらくなる。特に幹部は隊員の命を守るのが役目だ。味方内でこういうことが起こると、どうしても相手方を信用できなくなる」

「信用……ね。覚えておくわ」


 フロランスはいつもの柔和な笑みを浮かべながら、うんうんと何度も頷いた。理解しているというより、ただの相槌程度ではあるのだろうが。


「同じ同盟や協調でも、立場の違いによっては穴を作ってしまう。もちろん、それを覚悟した上での同盟ならば塞ぐ努力も必要だが、できるなら同盟相手は選びたいものだ」

「ふふ、そうね。あなたたちとは良好な関係を築いていきたいわ」

「こちらも同じだ」


 ふふ、とフロランスは微笑むと、再びやや屈んで胸を強調した。それはお家芸なのかと問い質したい気持ちもあったが、矢沢は目を逸らすだけに留めた。


 本当なら、ここで念押ししておくべきだった。フロランスら率いるフランドル騎士団が、ヤニングスとの協定を破って皇帝拉致を計画する前に。

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