番外編 同盟のジレンマ・その3
「同盟の弱点は、言ってしまえば大きな立場の違いね」
フロランスはもう1つのメモ用紙をアメリアに見せる。あまりにも字や図柄が汚すぎて判別不能だったが、アメリアは読めているのか何度か小さく頷いていた。
「今の世界はね、セーランやジンの影響から脱却して自分たちの独立国家を持とうとする動きが活発になっているの。ジンは人やエルフのような知的種族、つまり『人間』たちをダイモンから保護する役割を与えられてるけど、6000年もの間ダイモンたちは動きを見せていないわ。ダイモンたちは自分たちの国を建ててはいるけど、ジンを駆逐する力はないし、ジンもダイモンを駆逐できない。いわば睨み合いよ。文化や技術において進歩した人間たちは、ジンの庇護から独立しようとしているのよ」
「ジン……ダイモン……?」
「おっと、ごめんなさいね。艦長さんには後で説明しなきゃ」
説明もなしに新たに出てきた単語など理解できるわけがない。矢沢はフロランスの言葉を信じ、今は黙っておくことにした。フロランスは続ける。
「奴隷の利用はね、いわば持てる者による持たざる者からの搾取。世界に利用可能な形で存在するリソースは有限なの。別種族たちは当然ながら全く違う文化を持っているし、同じ種族同士でも文化やイデオロギーの違いがあるわ。それを確立して繁栄させ、より多くの富を得るために、世界は互いに侵食し合うことを選んだわ。時には争い、時には条約を結び、互いの版図を得るために『競争』を繰り返した。その中で生まれたのが『同盟』という概念なのよ」
「うう、少し難しいです……」
勉強熱心なアメリアでも、フロランスの言葉は難しいようだ。日本人であれば高い教育水準を得ているおかげである程度は理解できるが、アメリアはそもそも基礎となる教育を受ける機会が少なかったからだ。
特に国際政治や歴史は多くの前提知識を必要とする。覚えることはできるが、それを『理解する』ためには、多くの知識が必要となるのだ。
フロランスは困った顔をするアメリアを叱ることもなく、勉強を教える母親のように慈愛に満ちた笑みを見せると、もう1枚のメモ用紙に何かを書き込んでいく。
「世界に利用可能な形で存在するリソースはパイに喩えられるわ。このパイは増えもするし減りもするの。戦争をすれば人的資源や物資を消費するから全体のパイは減る。けど、同盟を結べば、パイをより大きくして分け合える可能性が生まれるわ。そうやってお互いに協力してパイを増やしましょう、というのが同盟を結ぶ理由。お互いの強みで弱みをカバーして、他人から奪うパイの量を大きくしつつ分け合うの」
「なるほど……争わずに利益を分け合うために同盟を結ぶんですよね」
「そういうこと。わたしたちの場合、利害が一致するから同盟を結べたんだけどね。要するに、両者ともパイは狙いたいけど、お互いに相手が狙ってるパイは欲してないの。そして、協力すれば両方のパイを狙える。つまり、相手がこっちのパイを奪う可能性はない状態で、協力すれば丸ごと1つのパイが手に入るの。これって協力しない方がおかしいわよね?」
「確かにそうですけど、ジレンマみたいなのはないですね。同盟のジレンマっていう話は何だったんですか?」
フロランスはフランドル騎士団と自衛隊の関係性を図柄で説明するが、アメリアはそれよりも『同盟のジレンマ』というのが何なのか説明がないことに納得いっていないようだった。
ならばと、フロランスは続ける。
「一方で、同じパイを狙う人たちが結ぶ同盟もあるわ。これは同盟っていうより条約で予め分けるパイを決めておくだけで、協力というより線引きをする方だけど……」
そうフロランスは呟き、円の図柄を線で切り分けていく。ちょうどホールケーキを切り分けるように。
「同じパイは狙うけども、あなたの取り分は保証しますよ、と線引きをするの。いくつかの大国で決められた奴隷の条約なんかがこれに当てはまるわ。何らかの理由で獲得した奴隷は、その国が管轄権を得る。こうすることで、無用な争いをなるべく減らそうとしたのよ」
「奴隷……っ」
奴隷という言葉で予想はしていたが、アメリアは目を伏せてしまう。シュルツの一件が記憶に新しい状態で、この話は酷に過ぎたか。
もちろんフロランスもアメリアを見て表情を硬くしたが、そこで説明をやめる彼女ではなかった。
「あなたの気持ちはわかるわ。でも、これが現実。小規模なパイの奪い合いには目を瞑ることで、互いのパイを盛大に燃やし合うことを避ける。これが奴隷に関する諸条約の内容よ。それでもアセシオンとアモイは戦争を続けてるし、シュトラウスやレンも対立を深めてはいるけど」
「それじゃ、やっぱり意味がないじゃないですか」
「そう。それが同盟のジレンマ。本質的には対立する2つの組織が互いのパイを食い合わないようにしても、結局はパイの奪い合いに発展する、ということよ」
アメリアは呆れ気味に目を細めて言うが、フロランスはそれが言いたかったと言わんばかりに頷いていた。
ただ、矢沢の考えは違っていた。むしろフロランスの話は同盟ではなく、ただの住み分けという話でしかないからだ。
「フロランスの話で全て説明できるなら、同盟のジレンマという説明にはなっていない。それはただ一側面だけの概念で説明しようとしているからだ」
「どういうことかしら?」
フロランスは冷たい目で矢沢を見つめつつ頬杖をつく。まるで挑発しているかのように。
「同盟は条約での住み分けとは違う。有力な協力関係こそが同盟の本質だ。むしろ、これは日本と韓国がわかりやすい」
矢沢はメモ用紙に加え、東アジアの地図を取り出して説明を行う。
「日本と韓国は双方とも米国の同盟国で、日本と韓国の関係性も準同盟国と言える。これは北朝鮮という敵を見据えた上での協力関係だ。実際に軍事機密の交換や共同訓練も行っている。しかし、両国は互いのパイを傷つけるだけでなく、互いの皿を汚す行為、つまりメンツを潰す行為も何度か行っている」
「メンツを潰す……穏やかじゃないですね」
「ああ。近くの国同士は相容れないことが多い。ちょうどダリアとアセシオンのようにな」
矢沢はえもしれない腹立たしさを感じつつ、地図上の『困った隣国』に焦点を合わせた。
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