番外編 同盟のジレンマ・その2

「同盟のジレンマ、か……」


 矢沢はため息をついてフロランスの話に耳を傾けていた。


 同盟は確かに国際社会で生き抜くためには重要な要素と言える。


 政治、経済、安全保障。どの段階でも『同盟』というのは重要な役割を果たせる。特に安全保障面においては『完全な軍隊』など作りようがなく、経済でも『常に安定した経済』というのは1つの国だけでは構築できない。だからこそ仲間と協力することが大事なのだ。


 フロランスはメモ用紙をどこからか取り出すと、幾つもの図柄や文章を乱雑に並べ立てていく。文字が読めないのは仕方ないとしても、図柄まで見にくい部分は矢沢を失望させた。


「まず、同盟は互いの欠点を補完するために行うものよ。長所を伸ばすことは簡単だけど、苦手の克服って相当労力を使うものだし、それを互いの協力で補完できるなら手を結ばない手はないわ」


 フロランスは最初に書き込んだ大きなメモ用紙をアメリアに見せる。見づらいものの中でも多少は見えやすい、2つの離れた円と上に書かれたグラフ、そして真ん中に書かれた大きなグラフだ。


「わたしたちフランドル騎士団の弱点は、戦略的な打撃力とインパクトの不足なの。一方で、長所は補給の充実と奇襲性。浸透力と言ってもいいわね。陸上戦力もヤニングスを駆逐できるほどじゃないけど、実は十分に強いのよ」

「インパクト、ですか……?」


 アメリアはうーんと唸りながら首を傾げる。矢沢から聞いても抽象的な言葉だったが、それはロッタが付け加えた。


「敵に与える『認知の影響』だな。我らはゲリラ戦という形で様々な軍事拠点や重要施設に攻撃を仕掛けているが、それだけでは大きなニュースにはなり得ない。そして、これは繰り返されることで人々に『慣れ』を作ってしまう。我らが持つ戦力では、大きなインパクトを呼ぶことができない」

「そう、ロッタちゃんの言う通りよ」


 えらいえらい、とフロランスはロッタの頭を子犬のように撫でる。饒舌に説明していたロッタは一転してそっぽを向いてしまった。


「一方で、ジエイタイさんの長所は特異性が高すぎる存在そのものに加えて、高い戦略的な打撃力と堅牢な防御力を誇る拠点の存在、それらがもたらす強烈なインパクトよ。けど、それらを維持するための後方支援インフラはないし、船を維持するために陸上戦力は疎か、偵察能力も広く浅くで、フランドル騎士団みたいに深く狭く行える能力は持ち合わせていないわ」

「なるほど、お互いの強いところを組み合わせて強さを発揮するんですね!」

「ようやくわかってくれたかしら。十分に強い組織同士が同盟を結べば、互いの悪いところはほぼキャンセルできるわ。もちろん同盟を結ぶ相手は選ばないといけないけどね」

「ふむ、ルトワックだな」


 矢沢はフロランスの言葉が聞き覚えのあるものだと気づき、とっさにとある人物の名前を挙げた。もちろん、その人物を知っているわけがないフロランスやロッタ、アメリアは一様に不思議そうな顔をする。


「ルトワック?」

「そうだ。地球の国際政治学者で、現在はアメリカのシンクタンクに所属している。彼もフロランスと同じく同盟の重要さを説いた人物だ」

「へえ、美味しいお茶を飲めそうな人ね」


 フロランスは穏やかな笑みを見せる。同じ考えの持ち主だと考えシンパシーを感じているのか、かなり好意的に見ているらしい。


「もちろん、彼の持論には『弱い同盟国』に関すると思われる言及もある。要するに、ローマ帝国の従属国やアメリカにおけるNATOのように高い能力を持つ味方と同盟を結ぶ方がよい、と言っている。逆に弱い国であれば、その弱い国を援助するために資金や物資、軍事力をその地へ派遣しなければならない。つまり、足を引っ張る存在でしかないというわけだ。米国では旧南ベトナムや旧アフガン共和国がそれに該当する。日本も間接的な同盟国に韓国という国がいるが、日本の同盟にとって有害とも言える問題行動を何度も起こしている。彼の定義で言えば、これは『弱い同盟国』に当たるのだろう。彼も韓国やフィリピンといった国には冷たい態度を取っている」

「お前の世界の状況はよくわからんが、要するに高い能力を持つ同盟国同士が手を結べば、強い力を発揮する同盟に昇華できる、ということだな」

「そういうことだ」


 ロッタの総括に、矢沢は満足して首肯する。フロランスの分析力も高いが、ロッタの卓越した理解力も目を瞠るものがある。


「もしかすると、ロッタやフロランスはずっとこちら側の人間なのかもしれないな」

「あら、お墨付きを貰っちゃったわね。じゃあ、そっちに移住しちゃおうかしら」

「ダメだ。お前はダリアの巫女だ」

「ああ、そうだったわね……」


 矢沢の言葉に乗り気だったフロランスだが、ロッタに引き留められたことで口を尖らせてしまう。彼女も責任ある人間、というわけだ。


 他方、アメリアはどこか浮かない顔をしていた。考え込むようにしばらく黙った後、おもむろにフロランスを呼んだ。


「同盟の重要さはわかりましたけど、それじゃあジレンマって何ですか?」

「ジレンマ、ね……これは違う組織だからこそ仕方のないことだけど」


 フロランスは柄にもなく苦笑いで応える。ロッタも重々しく腕を組んで渋い顔をしており、過去に何かがあったのかと矢沢は勘繰った。


「同盟は確かに重要なものだけど、めんどくさいものって言ったわよね。これって言ってしまえば対人関係の問題でもあるんだけど……」


 そう呟くなり、フロランスは一度水筒を取り出して口に水を含んだ。ロッタもそれに続いたが、その間のえもしれない重い雰囲気は自然とアメリアや矢沢から明るい表情を奪っていった。

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