72話 家出

「はい、終わりましたよ」

「ありがとうございます」


 アメリアは佐藤に一礼すると、あおばの医務室を後にした。


 幾度かの検査を経た結果、結核の初期症状と疑われた症状はただの疲労から来る不調だった。とはいえ、結核菌が相当量潜伏しているのは確認されたので、1年後を目途に発病する可能性は大いにあり得ると結論付けられた。


 これからは投薬を続けながら暮らしていくことになる。安全と確認されるまでは。


「はぁ……」


 だが、アメリアにはやるべきことがあった。


 ジエイタイやフランドル騎士団と協力し、アセシオンやアモイを倒すこと。それがアメリアの目的だった。

 それなのに、ヤザワは皇帝とさえ手を結ぼうと考えている。どう考えても正気の沙汰ではない。


 矢沢から説教を受けてから1週間経った今も、彼の言葉にはピンと来なかった。

 笑顔を守るために戦っているというジエイタイ。彼らはなぜ戦い続けられるのだろう。


 オルエ村で戦っていた時は、義務で防衛に参加させられていた。アメリアはそこに、女の子でも強さを示せるというスローガンを掲げ、自分が戦うための理由としていた。


 とはいえ、所詮は魔法使いの真似事。手に入る限りの知識を頭に詰め込み、どれだけ魔法の訓練を積んだとしても、ゴブリンの集団を1人で蹴散らせない程の実力しかついていない。単純な戦闘力ではロッタの方が遥かに上だろう。


 強くなりたいという想いは強いのに、1人では何もできない。それに対して、ジエイタイはいざとなれば凄まじい能力を発揮する。

 そんな彼らと共にいることで、自分も強くなれると思っていた。


 けど、それは間違いだった。むしろ自分の決意を鈍らせるような言葉を投げかけてくる。


「なぜ……なぜなの?」


 結局、考えてもわからなかった。他人のために命を懸けられるのはなぜなのか。彼らの強さの源は何なのか。

 このままでは、最強の騎士団長ヴァン・ヤニングスどころか、彼の部下にさえ勝てない。


 扉を開けると、陸地が見えていた。

 アセシオン本土、おそらくオルエ村の近辺だ。ここから東に行けば港町アルグスタの跡地に出られる。


 今更、オルエ村にもアルグスタにも戻れない。ここにいても自分が弱くなってしまうような気がした。


「……やっぱり、ここから出よう」


 アメリアは艦内に戻ると、私物や食料を集め始めた。


            *     *     *


「なんだと、アメリアがいない!?」

「そうなんですよう! どこかにポンッと消えちゃいました!」


 矢沢が艦橋で耳にしたのは、アメリアが消えたという信じられない話だった。

 佳代子は何かを叩くように腕を上下させて慌てており、隣の武本は腕を組んで眉根を寄せていた。


「花寺の奴が、アメリアが陸にジャンプしていくのを見たって話でさ。あの嬢ちゃんにも首輪が必要みたいですぜ」

「どうもそうらしい。全く……」


 やや苛立ち気味に、矢沢は艦長席から乱暴に立った。

 オルエ村と決別した彼女には行く当てがない。それどころか、アセシオンが彼女の存在を掴んでいる可能性が高いのだ。どこかで襲撃を受けてもおかしくはない。


「敵の手に落ちれば危険だ。迎えに行く。副長、艦を頼む」

「はいっ! えへへ、もうわたしが艦長でよくないですかぁ?」

「ダメだ。しまいに艦が山を登りかねない。それより、シーホークの修理は?」

「もうバッチリ終わってますっ! フロランスちゃんに感謝ですよ!」


 へらへらと笑う佳代子の脇をすり抜け、艦橋の通信機を取る。


「総員戦闘配置。地上班Aチームは上陸の準備を行え」


 矢沢は手短に放送を行うと、艦橋を降りてヘリ格納庫に向かう。SH-60Kを格納しているヘリ格納庫の一角には常に上陸用の装備が積まれており、緊急事態にも対応できるように備えられている。


 アメリアの目的は一体何なのか。1人では何もできないことなど、彼女なら既にわかっているはずなのに。

 矢沢はどうか無事であってほしいと思いながら、通路を駆け抜けていった。


            *     *     *


「……なかなか美味しいですね」


 船内の売店に置かれていたグミキャンデーというお菓子を一口食べたライザは、口に広がるまろやかなブドウの味わいと、グミ特有の弾力ある食感に感動していた。

 紙巻タバコに馴染めず、この際だからと禁煙を決意したライザの新たな代用品は、彼らの嗜好品であるお菓子に決まった。


 かつてファルザーの甲板でもしていたように、プロムナードデッキの手すりに寄りかかって景色を堪能しながらグミを味わう。情報収集のため超大型船の内部を駆けまわってきたライザにとって、唯一心を落ち着かせられる至福の時間だった。


「しかし、本土に戻ってきて何をするつもりかな」


 ライザは眼前に見えるアセシオンの地を眺めながら考えに耽る。


 今後の出方としては、アセシオンの本土で地道に奴隷奪還を行っていくだろうとは予測している。どこを襲撃するかについては、やはりアリサやパベリックに協力を仰ぐしかなさそうだ。


 奴隷にされた人々を解放して回る、謎の武装集団。彼らはアセシオンを敵と判断しているらしく、いずれアセシオンの領主や皇帝とも直接対決を演じることになるだろう。早めに彼らを駆逐しなければ、この国の経済が崩壊しかねない。


「ん……?」


 グミを口に放り込んだライザは、超大型船の前方に停泊する灰色の船から誰かが大ジャンプで陸に向かったのを確認した。

 常人より強い魔力を発していることから、フランドル騎士団の構成員か、その協力者であることは間違いない。


 こちらからヤニングスに連絡できないのは歯がゆい。1人で単独行動しているということは、何らかの特別な事情があるに違いないのに。


「……行きますか」


 ライザは上着のポケットにグミの袋を忍ばせ、船内に戻って準備に取り掛かった。

 この海賊部隊の連携を突き崩すなら、今ほど都合のいいことはないだろうから。

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