380話 明確化されるべき目的

「ふしゃー!」


 ミルは矢沢の陰に隠れながら、歯を剥いてラルドという竜人を威嚇していた。


「ミル、お茶を淹れてきてほしいね。それから、お風呂の掃除もお願いね」

「あ、わかったにゃ」


 さすがに見かねたのか、パロムは労働を課すことでミルを追い払った。ラルドを威嚇することで攻撃的になっていた彼女は、今やピョコピョコと猫の耳を動かしながら上機嫌でキッチンへと向かう。


「手慣れたものだな」

「ああいうタイプは御しやすいからね」


 少しばかりの冗談を交わし、口元に微笑を浮かべるパロム。心を読む能力を持つとは言うが、それを活かすための知恵も持ち合わせているらしい。


 だが、今の議題は世間話ではない。矢沢は表情を読みづらいドラゴンの顔を持つ男に目線を戻す。ラルドはミルの背中を追いかけながら、彼もパロムにちょっとした冗談を投げかけていた。


「あのミルという少女、前はいなかったが。お主の子か?」

「冗談。孤児に決まってるね」

「かのような邪悪な気配を纏うわっぱを、よくも引き取れたものだ」

「子供は無垢なもの。それが正義に転じるか、悪に転じるか、どちらも違いはないんだよね。大人たちが教えたり、自分で場数を踏んだ上で善悪を学んでいくものであって、最初から邪悪なんてことはないんだよね」


 パロムは手を組んで顎を乗せ、ラルドを細めた目でじっと見つめていた。


「我が耳にすべき回答は、そのような戯言じみた一般論ではない」

「わかってるけど、結局は同じことなんだよね。あの子の意思とは無関係に備わっている能力を制御できるようにする手段は、誰かが教えてあげないといけないんだよね。その役目を買って出たのがうちだった、っていうだけだからね」


 ラルドとパロムはこちらが理解できないような会話を交わしていたが、理解できないからと言って分析を放棄するのは情報管理上まずいことだ。矢沢はどうにか食い込んでいこうと、パロムに能力とは何なのか質問をする。


「能力?」

「滅魔の力のことだね。あの子自身はいくつか魔法を使えるんだけど、力のせいで過剰な効果を引き起こすことも多いんだよね。そのまま放っておくとまずいから、うちが拾って訓練させているんだよね」

「滅魔の力……あの子もか」


 矢沢は改めてキッチンでお茶を作っているミルを見ると、ふと瀬里奈のことを思い出していた。どちらも子供で、他人を振り回すマイペースな性格も一致する。


「むしろ、ラルドが興味を持つのはそっちよりも自衛隊の方じゃないかな」

「興味という言い方は不適切。我はレイリの命にて助太刀するのみ」

「力を貸してくれるんだってね。よかったね」


 パロムは冗談を交えながら、矢沢が今必要としている話題に切り替えてくれた。矢沢はそれに感謝しつつ、ラルドに体を向けた。


 彼が特殊作戦部隊を援護したのは、どうやら度々名前が挙がる人物である「レイリ」からの命令らしい。そうなると、1つの疑問が浮かんでくる。


「君は竜人の姿をしているが、ジンの一派なのか?」

「我はジンではない。レイリと共に歩む者」

「協力者というわけか。そもそもの話だが、レイリとは何者だ? 最高位のジンだということはわかっているが、どうにも実態がわからない」

「レイリはジンの長にして、人間への干渉をなるべく避ける穏健派の1人。お主らの救助は象限儀とダイモンが関わっていることとして例外視しているが、基本的な姿勢は政治への不介入を貫く。エリアガルドの意思はレイリの意思とさほど違いはない。お主らを救うことは、この世界にとって有意義だと考えている」

「それを聞いて安心した。今、我々はレンと拉致被害者帰還の交渉を行っている。交渉を有利に進めるには、どうしてもレンという国のことを知っておくべきだ」

「それで情報が必要、というわけだな。安心するがよい。その面に関しても援助しよう」

「よかった。助かる」


 ラルドからしっかりと協力を行う旨の回答を引き出せたことで、矢沢はほっと胸をなでおろした。決して有利とはいえない環境の中、戦力や資産は多いに越したことはない。


「まずは人質を救出するための作戦を複数検討したい。その会議に、君も参加してほしい」

「承知した。できうる限りの力添えをしよう」


 ラルドはドレッドヘアを揺らしながら頷く。淀みのない返答はおのずと信頼感を与えてくれた。

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