180話 墜落現場

「しかし、このようなことが……」

「いや、むしろ常道だろう。相手は海賊、国家間の取り決めに則る必要はない。向こうも遵守するかは未知数だからな」


 城に用意された個人の執務室で、ローカー侯爵と彼の腹心であるミーシャはため息をつきながら言葉を交わしていた。


 サリヴァン派による帝城襲撃があったとミーシャが伝えてきたのがつい数分前。ローカーは近衛騎士団には出動要請を出したが、自身が保有する部隊は待機命令を出している。


 サリヴァンの狙いは最初からわかっていた。皇帝と同じく、この帝城に彼らの頭を呼び出して襲撃、無力化することにある。

 矢沢は襲撃されるリスクを分かっていたはずだが、再び帝城に来たのは穏健派の存在があったからだろう。講和を行い早々に幕引きを図りたい穏健派がいれば、サリヴァンとて安易に城で騒ぎを起こすことは難しい。

 それに加え、アセシオンが様々な場所で敵対政策を取っているせいで会談を行える第三国が存在しない他、城で会談を行えば堂々と内部を偵察できるという思惑もあったのだろう。フランドル騎士団の2人がしきりに城内を見回していたのは、そのためだと推測できる。


 だが、それでもサリヴァンは事を起こした。それだけフランドル騎士団と灰色の船が邪魔だということだろう。


 サリヴァンは奴隷貿易で得た富と巧みな立ち回りで、上級貴族でもかなりの権力を握った。今回の事件は、その既得権益を邪魔する者は徹底的に排除する構えだ、という姿勢を明確にするものだ。民に対しては経済を混乱させる海賊を退治する英雄的活動だと吹聴するつもりだろう。


 補給は彼らのアキレス腱、それも陸での戦闘に持ち込むのだから、勝機は十分にある。ここで彼らを締め上げるつもりだ。


 冷静に分析するローカーの隣から、ミーシャは訝しげに声をかける。


「ご主人様、これからどうするおつもりで?」

「今は様子見だ。灰色の船が弱体化する、もしくは感情に任せて行動してくれるならよし、あの狐が返り討ちに遭うのであればそれでもよし。何か言われるのはこちらだろうが、どう転んでも結果的に利益はプラスだ」

「承知しました。では、そのように」


 ミーシャは軽く一礼すると、普段通りの早足で執務室を辞した。おそらくは部下である幕僚たちが待機しているローカーの小広間に移動したのだろうが、彼らが作戦行動を取ることはないだろう。


 ジンはともかく、灰色の船の影響力はかなり大きい。海軍が行動を制限されているせいで通常の海賊による被害も多く報告されており、商人たちからも不満の声が噴出している。

 このまま争いを続けていれば、無為に損耗してエルフや周辺国から狙われる。それだけは回避しなくてはならないのだ。


 今重要なのは、この国を残すということ。それさえできれば問題はない。

 ローカーは葉巻に火をつけると、椅子に深く座り直して慣れ親しんだ紫煙を楽しんだ。


  *


 場内を駆けずり回ること10分、矢沢らはどうにか本物の近衛騎士団の部隊と合流し、AH-1Zの墜落現場に辿り着いた。

 現場は暗いながらも、わずかな明かりのお陰である程度の状況確認は行えた。小さな火の手が幾つか上がっており、墜落した戦闘ヘリの残骸を痛々しく浮かび上がらせていた。

 矢沢はヴァイパー3が撃墜されたということにもショックを受けていたが、それ以上に三沢と横田の安否が気になっていた。


 機体はメインローターを上に、つまり正位置で墜落している。一番被害を受けていたのはコクピット部分だった。キャノピーは粉々に砕け、フレームが機体から外れている。中に人は乗っていないようで、機体の周りにはいくつかの死体が転がっている。


 佐藤はわき目も振らずに死体へ駆け寄り、愛崎は口を大きく開けて茫然としていた。


「うそだろ、こりゃ……」

「愛崎、まずは2人を探せ」

「りょ、了解!」


 矢沢に声をかけられた愛崎は一瞬驚いたようにも見えたが、すぐに小銃を握り直してヘリ周辺の捜索を始めた。矢沢や近衛騎士団の部隊も周囲を警戒しながらそれに続く。


 ヘリの裏手に回り込むと、別の騎士団兵士が三沢と横田を介抱している姿があった。佐藤も2人の脇に座り込み、様子を確認している。

 両者とも砕けたキャノピーの破片で、大した量ではないものの所々から出血している。横田は気を失っているものの、三沢は意識があり、矢沢に目線を合わせると小さく口を動かした。


「艦長……申し訳、ありません……」

「構うことはない。それより無事でよかった」

「しかし、敵、は……」

「アメリアからの連絡で、敵は地下に逃げたことが判明した。もうすぐ波照間の部隊が来る、君たちはヘリで街を脱出するんだ」

「機体も、このまま、では……」

「後でフロランスに修復してもらえる。それより今は命を守ることが先決だ」

「……はい」


 三沢は弱々しく口にすると、目を閉じて息を大きく吐き出した。

 近衛騎士団と佐藤の応急処置により、何とか2人は命の危機を脱した。SH-60Kで波照間らが中庭に降りてきたのは、矢沢らが墜落現場に到着した数分後のことだった。

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