番外編 雲の波間に身を任せ・その2

 当然ながら、空を飛ぶ能力を持つ瀬里奈は、レン帝国へ赴く際にF-35Bとの共同作戦を行うための訓練を受けている。その際、F-35の特徴や能力などをある程度聞かされていたが、そこで瀬里奈は思ったことがあった。


 パイロットになるのは極めて難しいらしい。それも、ほとんど男の人しかいないような、危険も多く、辛い仕事なのだとも聞いている。


 ならば、どうして戦闘機のパイロットなど目指そうと思ったのか。瀬里奈はそれを東川に聞いてみたかった。


「なあ、パイロットのねーちゃん、ちょっと聞いてもええ?」

『What do you want to hear?(何が聞きたいの?)』

「いや、ねーちゃんがパイロットになったのはなんでなんかなって。おっちゃんらは大変な仕事やって言うてたし」

『Affirmative. Change fequency 114.5(了解、周波数を114.5に変えてちょうだい)』

「あ、うん」


 東川から無線の周波数を変えるよう言われた瀬里奈は、背負っていた無線機を取り出して指定された周波数に変更。その後は変えたことを示すためハンドサインで完了の合図を送る。


 だが、わざわざ無線の周波数を変えるのはどういうことだろう。不思議に思った瀬里奈だが、その理由は向こうから説明してくれた。


『ごめんね。さっきのはあおばとか他の機体も使ってる周波数帯だし、無駄話するのはダメだと思ったんだ。みんなの仕事場なのに、大声で雑談すると迷惑かかっちゃうし』

「あー、そないやったんか。確かにせやな」


 仕事中だからと配慮を見せるのは、やはり大人なのだなと瀬里奈は思っていた。自分はそのことに一切気づいていなかった。


 瀬里奈が感心しながら自分の至らなさを恥じている一方、東川は語り始める。


『ナミ、空を飛ぶのが憧れだったんだ。中学校の修学旅行で初めて飛行機に乗ったんだけど、その時に見た雲海がすごく綺麗で、自分も飛行機を操縦してこの世界を自由に飛び回りたいって思った。飛行機のゲームもよくやったし、飛行機のことも色々調べたし。その途中で知ったのが、航空自衛隊のパイロットだったの。空自に入れば、戦闘機に乗って空の大冒険ができるって。だから、空自に入って戦闘機のパイロットを目指したんだ』

「はえー、そうやったんやな」


 自分がパイロットになった理由を嬉しそうに語る東川。やや早口ではあったが、夢を叶えた女性の充足感に満ちた言葉には負の感情など詰まっているわけもなかった。


「でも、戦闘機って戦ったりせなあかんやろ? 前もそれで城に爆弾とか落としてたやん。人が死んでるのに、それで自分はええのん?」

『ナミは自衛隊員だから。敵と戦うのだって覚悟のうちだし、っていうより、ここだけの話だけど……敵と戦うのも楽しいって思ってたりするしね。隊での生活も、訓練とかスクランブルとかいろいろ大変だし、たまに上司に怒られたりするけど、それでも楽しいんだ。だから、この仕事が天職なんだと思う』

「天職ってなぁ……人が死ぬのに、ようそんなん平気で言えるわ」


 東川は楽しそうに語っていたが、瀬里奈は戦うことが楽しいと言っていた彼女に対し、理解できないモヤモヤした思いを募らせていた。


 武器を投げ込むことは、人を殺すことそのもの。それなのに、なぜ楽しいと思えるのか、瀬里奈には全くわからなかった。


 プリキュアでも楽しんで人を殺すような輩はいない。いたとしても、ごく一部の敵が誰かを不幸な目に遭わせるだけだ。もちろん、プリキュア側にそんな者がいないのは当たり前だ。


 しかし、東川は人を殺す行為が楽しいという。同じ自衛官でも矢沢や徳山は強い躊躇いがあるが、東川はなぜ違うのか。


『キャノピー越しでも戸惑ってるのはわかる。だって、敵も日本人を殺そうとしてくるんだから、それを阻止するために戦うなんて当たり前だと思わない? もちろんゲームとは違うけど、自分に与えられた任務を達成した時って、すごく充足感に満ちた時間だし。ナミが頑張って敵を倒せば、日本はそれだけ平和になれるんだもん』

「それって……」

『Si vis pacem fac bellum(平和が欲しいなら戦え). 平和っていうのはね、戦争しないだけじゃダメなんだよ。武器を持って襲い掛かってくる人はどこにでもいるし、ナミたちがそういう悪い人たちと戦わないと、何も悪くない人が殺されたり、ひどい生活を強いられたりするから。それって平和なの? ナミはそう思わない。そんなことを願って侵略してくる人たちは、死んでも文句を言えないんだよ。そういう人たちを倒した分だけ、ナミは称えられるんだ。だから、敵を倒すのは楽しいことだし、いいことだって思えるんだよ』

「そないな……でも、敵にだって戦いたないって思うてる人もおるはずやのに……そういう人らがいても、殺してええと思ってるん!?」

「思ってる。嫌なら命令無視して亡命すればいいし、軍事裁判にかけられたっていいんだし、その人の自由。だけど、戦うことを選んだら関係ないよ。その人は、誰かを殺す兵士になるんだから」


 瀬里奈が戸惑いながらも強い語気で言い返すと、東川は決まって諭すように反論する。


 矢沢らのように『殺さなければ殺されてしまう、だから反撃しないといけない』と、自分がそうしなければならない義務感を背負っているのに対し、東川は『相手は誰かを殺すために向かってくるのだから、殺されて当然』と、相手の責任を指摘して、自分の考えを正当化している。


 同じ自衛官で、同じことを言っているはずなのに、考え方は全然違う。戦いはいけないけど、やらないと誰かが不幸になってしまうからしないといけない、と考えていた瀬里奈には、あまりに衝撃的に過ぎた。


『でも、ここは勘違いしないでほしいんだけど、ナミは空を飛ぶのが楽しいからパイロットやってるんだよ。戦うのはあくまで二の次。だって空は自由だもん』

「そう……なんや」


 全く違う考えを理解しようとしていた瀬里奈は何も言えず、ただ生返事をよこすだけだった。


 瀬里奈から見た東川は、本当に自由な人だった。自分の楽しみのために空を飛び、敵を倒し、その一方で敵にさえ自由を認めている。そこに義務感はなく、ただ前提と自由な選択、そしてもたらされる結果があるだけだ。


 瀬里奈は思った。こういう考えの人もいるのだと。自分のように、義務感や責任感を持って戦おうとしている人ばかりじゃないんだと。


 空はただ青く、そしてどこまでも続いている。自分はどうなのかと思うと、急にわけもなく雲の中に身を隠したくなり、高度を下げて雲海へと消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る