327話 因果
「しかし、少しばかり遅かったな。お前が来ると知っておれば、フウェレを派遣するようなことはしなかったのだが」
「何よ、あんたも裏で動いてるわけ?」
大神官の独り言に近いぼやきを拾った銀は、顔をしかめながら問い質す。
すると、うむ、と一つ頷いた大神官は、水差しの水で口を湿らせる。
「これ以上お前たちとアモイの対立が続けば、ダイモンと協力者を利するだけになる。それを阻止するためにも、何としても早期に決着をつけねばならん」
「戦争になるかも、ってことかしら?」
「戦争の可能性はもはやあるまい。ジャマルは部隊を下げておる。むしろ、現政府の関心ごとは、いかに他国との戦争を続けながら国内の混乱を収めるか、という方に傾いておる。お前たちとは何らかの形で手打ちにするつもりだろう。これ以上関わると指数関数的に面倒ごとが増えるからな。本当に国を潰されかねん」
「それを聞けて安心したわ。風呂敷を広げるのはアタシたちにとっても本意じゃないし」
「とはいえ、政府側もタダで引き下がるほどお人よしではない。お前たちに国を混乱させられたことで恨みを持つ者は多い。ラナーへの仕打ちが分かりやすい例だろうな」
今まで飄々と語っていた大神官が、この時ばかりは俯いて暗い顔をしていた。この態度が演技なのか本心なのかは銀には判断しかねたが、少なくとも何かしら思うことはありそうだ。
とはいえ、話の内容に関しては銀の知るところではなかった。ふん、と鼻を鳴らして反論する。
「そんなの、アモイが今までやってきたことのしっぺ返しを食らっただけじゃない。自分たちが受けた時だけ言うなんて卑怯よ」
「悪因悪果、身から出た錆。言い換えは幾らでも効くが、それを肝に銘じておるような者は、そもそも文句など言わん。それに、お前たちの不手際でアモイが敵対化したことも事実だ。彼らの発言を身から出た錆だと一方的に罵るような言い方は、お前たちにも突き刺さることになるぞ」
「まあ、そうだけど……」
大神官の冷静な発言に、銀は思わずたじろいでしまう。アモイの奴隷の扱いに関しては文句なしにおぞましいと言わざるを得ないが、アモイとの交渉に関しては互いに至らない部分が多かったことも事実だ。
そこで、銀は一度頭を冷やすことにする。どう取り繕うと、大神官の言葉は事実であることに変わりはない。反論しようとしたところで、話がこじれて余計な対立を生むだけだからだ。
銀は何度か深呼吸すると、腕を伸ばして体をほぐす。
「ねえ、座ってもいいかしら。これでもネズミ捕りのせいでひどい目に遭ってるのよ」
「構わん。一応は客人だ」
「あら、客人扱いはしてくれるのかしら」
銀はクスクスと笑う。本来ならば侵入者であるところ、客人として扱ってくれるのだから彼の温情には感謝するしかない。
ただ、銀はそれをわざわざ素直に言うことはしたくなかった。それを言うのは少し恥ずかしい。
心の中で有難く思いながら、銀は上等な木製の椅子に腰かけるのだった。
「面白い話をどうもありがとう。ところで、もう2つだけ聞いておきたいことがあるんだけど」
「ふむ、何かね」
「交渉の落としどころとして、どういうことを要求してくるって考えられる? 会談の内容は聞かせてもらってるけど、おおよそ相互理解できるような内容じゃないわ」
「落としどころ、か。考えられるのは外国に対する武力支援だろう。この国は土地や資源、労働力を求めて対外戦争を繰り返し、領土の拡張を続けておる。シャルファラ全土を占拠すれば、いずれ本格的にスタンディア攻略に乗り出すだろう。その方針を変えるかどうかは俺にもわからんが、いずれにせよ戦争の決着をつけるために戦力は欲しておる」
「それは何度も艦長さんが断ってるわ。何でも、勝手に戦争なんて起こせないって理由でね」
「そうか。ならば、次に考え得るのは金銭の要求だろう。アモイの経済は単純に金貨が足りなくなっておる。相次ぐ戦争で国の支出が膨れ上がり、アモイの市場から金が消えつつあるのが原因だ。言ってしまえば、奴隷を買わせるのと同義だな」
「何よそれ、アコギな商売じゃない」
「政府側はそうは思わんだろう。奴隷の売買は世界的に認められた商売だからな」
ここに来てまで奴隷の売買という話が出たことで銀は怒りを覚えたが、大神官は首を横に振る。邦人を拉致した張本人であるアセシオンとは違い、アモイは合法的な取引をしただけなのだから。
その事実に、銀は更なる憤りを募らせるが、ここで大神官に文句を言ったところで何も変わらない。そもそも、政府がそれを言ってくるかさえわからないのだ。
「わかったわ。艦長さんには伝えておくわよ。それと、もう1ついいかしら」
「何かね」
「ラナーの記憶を消したのはあんたでしょ。どうして拒否しなかったわけ?」
「さっき話したことと同じだ。俺とて最高権力者ではない。国王に命令されれば、俺とて逆らえん」
「……そう。じゃあいいわ」
大神官のきっぱりとした断りに、はぁ、と銀はため息をつくしかなかった。
ラナーはアメリアにとって重要な人物だ。アメリアの父レセルドの消息に関わる者というだけでなく、エルフへの復讐心を無くすことができるかもしれない唯一のエルフだからだ。
だからこそ、ラナーへの仕打ちは銀も頭に来ていた。先の理由もそうだが、身内にさえ人の尊厳を踏みにじるような行為を行う彼らが許せなかったのだ。
だが、その主犯である国王は既にこの世を去った。ラナーも元に戻った今、もはや怒りのやり場はどこにもなく、今も怒りを抱え続ける理由もない。
銀は立ち上がると、腰に手を当てて飄々とした微笑を浮かべる。
「参考になったわ。ありがと。じゃ、アタシはもう行くわ」
「今の話、しかと艦長に伝えよ。アモイとお前たちが戦ってはならん」
「わかってるわよ」
大神官の念押しに、銀は右手をひらひらさせて返事とした。
彼の言う通り、早めに艦長へ報告しなければならない。銀はネズミの姿に戻ると、一路彼らが待つゲストハウスへと向かうのだった。
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