328話 交渉の展望

「そうか、やはり金銭の可能性が高いか……」

「ええ。まぁ身代金ってわけね」


 銀の報告に、矢沢はほとほと困り果てていた。


 波照間の情報収集で確認できた、今もアモイ国内にいると思われる邦人は600人前後。そのうち30名は既に死亡している可能性があり、1桁単位での正確な数は割り出せていない。


 成人男性の基本的な売買価格は、アモイ市場では22ルオーネ程度で、アモイの都市圏における庶民の食費1年分となる。それを600名分調達するのは不可能に近い。


 それに加え、当然ながら決済に使う貨幣は諸大陸間で使われる貿易用通貨のトルア金貨かティリス銀貨だろう。あおばには現金はあっても日本円であり、こちらの世界では紙切れに等しい。


 そうなると、流通する市場から金貨や銀貨を回収する必要があるのだが、それは商売をするということでもあるが、こちら側に今から商売を始められるようなノウハウや設備はない。


 どちらにせよ、交渉は行き詰まることになってしまう。かなりマズい事態であることは間違いないということだ。


「それと、あのおっさんは言ってなかったけど、技術情報を求めてくる可能性もあるわね。例え人手がなくても、みさいるとやらを戦争に持ち込めば、それこそアモイが一方的に世界を蹂躙するまで止まらなくなるわよ」

「その話は以前にもされたんだ。私は断ったが、この世界の技術力ではコピーなど絶対に不可能だろう。それこそ、数百年は解析できないと思うが」

「そんなに複雑な代物なの? 神器で簡単に増やせるのに」

「ただ単に増やすだけでも神器の力は凄まじいものだが、技術をモノにすることとは全くの別次元だ。それに、例え開発に携わる者たちが完全に理解できたとしても、それを量産するにも高度なインフラが必要になる。生産など不可能だろう」


 矢沢は自分の心を落ち着けようとするかのように、ミサイルの技術コピーが不可能であることを銀に説明する。


 しかし、銀はそう思ってはいないようだ。顔をしかめた上で矢沢に淡々と反論する。


「あっちにはティアラの力があるわ。現物があれば、どんな仕組みで動くかなんてすぐにわかるわよ。もしかすると、量産のためのインフラ構築の知見まで連中に与えかねないわ。リアの言う通りなら、アモイが持つ全知のティアラはブラックボックスを丸裸にする力を秘めてることになるけど」

「む……」


 銀の反論に、矢沢は押し黙るしかなかった。


 大神官はヘリと矢沢の会合地点を正確に予測できていた。アメリアに聞いても場所については知りようがなかったと言っていたので、これはティアラの力だと思われる。


 あの力が片鱗でしかないのであれば、あの全知のティアラの能力は未知数だと見るべきだろう。アモイの対応が全てを見通すようなものでなかったことは、ティアラの能力を使っていなかったと見るべきだろうが、銀の証言にあったラナーの一件のように、大神官に命令して神器の力をフルに発揮できるようにされてしまえば、その時点であおばの敗北は決定するだろう。


「いずれにせよ、技術情報は開示しない方が吉よね」

「元々開示する気などない。どのみち、やってしまえば問答無用で刑務所行きだ」

「ま、そうよね。あんな凄い技術の塊、秘匿しない方がおかしいもの」


 銀は窓の外で陽光を浴びる護衛艦あおばの姿を見ながらクスクスと笑う。


 この世界においては最強とも言える護衛艦あおばの能力は、元々は地球で使うことを前提に開発されている。隕石を落とす魔法さえ存在するこの世界でも強烈な存在感を放っているのだ、地球でも強力な兵器であることに間違いないと銀は見抜いているのだ。


 だからこそ、全知のティアラと護衛艦あおばを併用されるようなことは避けたい。そうなると、やはり金銭を渡すしか手段はないのだろうか。


「交渉の方は考えておく。できるなら、ダリアにも協力を仰ぎたいところだが……」

「むしろ、そっちの方がいいかもしれないわよ。こっちの世界での事情は、こっちの世界の住人に協力を仰ぐのが筋ってものよ。考えてみなさい」

「ああ、そうさせてもらおう」


 矢沢は銀の頭を撫でながら答える。見かけによらず大人びているが、子供のように頭を撫でても怒ることがないのは、元がネズミだからだろうか。


  *


「……ああ、警告を忘れていたな」


 大神官は窓越しに見える海を眺めながら、ため息交じりにぼやいた。


 少し熱くなりすぎていたかもしれない。この国の安全を守るため、そして存続させていくため、やるべきことをやってきた。その熱意と努力を銀というネズミの少女に伝えることに終始した挙句、大事なことを言うのを忘れてしまっていたのだ。


 ならば、するべきことは1つだ。大神官は水を入れたコップに、魔力を込めた指を這わせた。すると、大気を揺るがす重低音の衝撃波が神殿中に響いた。


 すぐさま鎧を全身に着込んだ伝令の衛兵が現れ、直立姿勢を取る。


「大神官様、何か御用でしょうか」

「伝言を頼む。ゲストハウスにいる矢沢という男に」

「あの敵国人ですか……」


 衛兵は銀白色の兜から覗く口を歪ませる。彼らにとっては、あの灰色の船は敵でしかないのだ。


 しかし、今の大神官にはどうでもいい話だった。


「とにかく、伝言はしっかり伝えよ。サファギンに気をつけろ、とな」

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