178話 闇夜の蛇

 異世界において、夜間に戦闘行動を取るのはこれが初めてだ。

 事前にスキャンイーグルの赤外線カメラやヴァイパー3のCRSコブラレーダーシステムで周辺の地形図データは収集してあるものの、それでも夜間はほぼ真っ暗で状況がよくわからない。


 HMDヘッドマウントディスプレイを赤外線モードに切り替え、CRSで地形図を照合しながらヘリを進めるが、目標である城に到達するには少しばかり時間がかかった。三沢は改めてGPSやTACAN、衛星通信などのインフラが整った地球という環境を有難いものだと痛感していた。


 それは横田も同じようで、彼には極めて珍しくディスプレイとにらめっこしながら愚痴を漏らす。


『標的が全く見えない。城壁が高すぎて視認が難しすぎる』

「その気持ちはわかりますが、今は緊急事態です」

『わかっている』


 横田は冷たく言うと、黙ってディスプレイを眺める仕事へと戻る。レーダーや赤外線画像を参照しても、敵の姿は一向に見えなかった。

 だが、その直後にレーダーに反応が出た。何らかの飛行物体が城の西側から発進し、空へと上がっている。それも12体ほどの。


『これは……三沢、敵影捕捉』

「対空目標ですか。敵は夜間でも行動できるのですか」

『わからん。俺たちが想像もつかないようなマジックだろう』

「アメリアは確かレーダーのような能力を持っていました。それの応用でしょうか」


 三沢はアメリアに関する報告書を思い返し、その内容にあった彼女の能力のことを頭に浮かべた。


 フェーズドアレイレーダーを魔力で仮想的に作り出す能力に、極めて詳細かつ全領域の画像を脳裏に映し出す能力。それで昼と同じか、それ以上の空間把握能力を手にしてグリフォンを操っているのだろう。


 地球ではありえない、まさに人知を超えた力。ドラゴンといい、凄まじい数のグリフォンを支配した航空管制能力といい、この世界はあまりにも驚異的すぎる。


『敵機、後方に接近。敵機の後ろにつけ』

「了解」


 横田が報告を入れると、三沢は彼の指示通りに操縦桿を倒す。AH-1Zは急激に進路を変えつつ、高度を落として速度を乗せた。それに追随するように、グリフォン部隊もヴァイパー3の背後に陣取る。


『無駄だ』


 横田は冷徹にそう呟くと、頭を後ろに向けてHMDに敵を映し、搭載されているAIM-9X対空ミサイルを先頭のグリフォンにロックオンする。動物程度の体温では誘導が利かないかと思っていたが、夜間であり涼しいこと、周辺に光があまり無いことで辛うじてロックオンは行えた。


 ミサイルの発射ボタンを押すと、ヘリのスタブウィングに搭載されたサイドワインダーのロケットモーターに点火され、前方に発射される。

 直後、ミサイルは左に180度旋回し、グリフォンへと一直線に突っ込んでいく。

 グリフォンは急激に右へ舵を切って回避行動を取るが、それを大きく超える機動力を持つ戦闘機さえ捕らえるミサイルの手からは逃れられず、夜の帳が降りた帝都の空にオレンジの花火を咲かせた。


 攻撃を受けたグリフォン隊は二手に分かれ、それぞれ回避行動を取る。しかし、それこそがヴァイパー3にとって絶好の攻撃チャンスとなっていた。

 ヴァイパー3は右へ避けた5体のグリフォン隊に進路を取り、機体を横滑りさせて強引に敵編隊に機首を向ける。


「今です」

『待っていた』


 AH-1Zの機首に装備された20mmガトリング砲が回転を開始すると、赤い光の束を次々にグリフォンの編隊へと送り込んでいく。

 対地、対空用に使用される20mmガトリング砲は、プレートメイルをまとったグリフォンや騎士をズタズタに引き裂くには十分な威力を持っていた。銃弾は魔法防壁の影響を受けることなく、肉の破片を帝都の空に散らす。


 すぐさま左へ避けたグリフォンの編隊が攻撃を仕掛けてくるが、ヘリの機動力を以てすれば直ちに方向転換は終えられる。ガトリング砲の砲口が新たなグリフォン編隊に向くと、次々に残りの敵を屠っていく。


 しかし、20mm機関砲の攻撃を受けて怯むグリフォンばかりではない。最後尾に位置していたグリフォンが、仲間がやられている脇をすり抜けてヴァイパー3へと肉薄した。


「敵機接近、撃墜してください」

『無理だ、間に合わない』


 横田は弱気な返事をしながらもガトリング砲を向けるも、一度止まった砲身が発砲のため高速回転する前に、グリフォンが大玉の火球を放ってきたのだ。

 接近しつつある、太陽のような炎の塊。それが発する熱を感じ取るまでもなく、計器類の弱々しい光しかなかった操縦席を真っ赤に染め上げた。


 ドン、とひと際強い衝撃波が大気を震わせるのと同時に、ヴァイパー3のアクリル樹脂製キャノピーがガラスのように粉々に砕け散った。


「うぐぁ……!」


 機銃弾など問題にならないほどの衝撃。攻撃力だけで言えば対戦車ミサイルに迫るかと思うほどに強力なそれは、12.7mm重機関銃の銃弾さえ防ぐキャノピーを破ったのだ。


「横田、横田、応答願います」


 三沢は朦朧とする意識の中で必死に訴えかけるが、耳は甲高い音が響くだけで、横田の声など全く聞こえない。

 計器類も破壊され、今はどうなっているのかわからない。浮遊感もなければ、痛みさえない。


 三沢は気づいていなかったが、ヴァイパー3はコクピット部を破壊され、左旋回を繰り返しながら落下していた。城の中庭を滑るように落下したヘリは、そのままエンジンから炎を噴き上げて沈黙した。

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