179話 足止め

「くそ、あいつら!」


 愛崎は悪態をつきながら、宿泊している部屋の正面ドア前に配置したバリケードに身を隠しながら分隊支援火器の射撃を行っていた。横には小銃で同じく外に射撃する佐藤の姿もある。


 近衛騎士団を名乗る来客4名に応対していたはずが、首筋に突然ダガーを突きつけられた。隙を伺って波照間直伝の格闘術で最初の4名は圧倒したが、その直後にやって来た部隊は20名を超えていた。扉を閉めて家具を集め、バリケードを作ったのはいいが、すぐに扉が破られて銃撃戦に発展していた。


 敵は最初こそ剣や槍で近接戦闘を行ってきたが、今はバリケードを吹き飛ばそうと火球など遠距離攻撃に徹していた。それを阻止するためにミニミを持ち出し、今ではほとんど膠着状態と言ってもいい状態に陥っている。


 とはいえ、銃弾は無限にあるわけではない。このままの状態が続けば、すぐに弾は尽きてしまう。

 愛崎は脂汗を額ににじませながら、小銃のリロードを行う佐藤に大声で話しかける。


「佐藤さん、これマズくないですか?」

「ああ、まずいに決まってる! 早く艦長と合流を──」


 佐藤が言葉を続けようとしたが、それは強制的に中断させられた。部屋の外から連続した発砲音が聞こえてきたからだ。


「この声は……!」

「敵だ、廊下を見ろ!」


 敵兵が廊下に注意を逸らした。出入口の影に隠れられてどうなっているかはわからないが、とにかく隙ができたことは間違いない。

 ならば、今がチャンスだ。


「グレネード!」


 愛崎は近くに落ちていたベルトから円筒形の手榴弾を取り出すと、出入口に向けて投擲した。


 カラン、という乾いた音がしたかと思えば、手榴弾は強い衝撃波を撒き散らして爆発した。陸自のMK3手榴弾、もとい攻撃型手榴弾は、世間で一般に認知される防御型手榴弾と違って破片を撒き散らさない、小さな範囲を攻撃するための手榴弾だ。銃声がしたということは味方がいるはずだが、攻撃型なら伏せればある程度の被害は防げる。


 爆発と共に敵兵たちは次々に悲鳴を上げていく。折り重なった声は廊下を満たしたが、すぐにそれは静けさへと変わる。

 それから数秒と経たず、出入口前に拳銃を手にした矢沢が姿を現す。


「その様子では問題ないようだな」

「ええ、だいぶ弾は撃ちましたが、けがはしていません」


 愛崎はなるべく元気な笑顔を浮かべようとするが、それでも顔が引きつってしまう。それをわかっているのか、矢沢は肩を一度叩いて彼を落ち着ける。


「それでいい。実は、フロランスが襲撃を受けて連れ去られた。アメリアと銀は既に救出に向かっている」

「やはり、そうでしたか……」

「今回の敵の目的は、我々の無力化だろう。さんざんフロランスを泳がせておいて、今この時、有利な状況で本命の彼女を襲う。そういうことだ」

「奴らめ、こっちは補給がやばいってのに」


 愛崎は悪態をつくが、佐藤は至って冷静だ。愛崎の後、佐藤は口を開く。


「我々もそちらへ向かうんですね」

「いや、違う。我々はヴァイパー3の救援だ」

「ヴァイパー3が? 一体何があったんですか?」

「どうやら撃墜されたらしい。エグゼクター1と首都にいた波照間らの情報収集部隊がこちらに向かってはいるが、いかんせん敵に囲まれている。我々が先に到達したい」

「わかりました」


 佐藤は軽く頷いた。ヴァイパー3が撃墜されたとなれば、敵は想像以上の戦力を従えているのは明白だ。乗員が生きているなら、ここで救出する必要もあるだろう。

 愛崎はすぐさま荷物に手をつけ、追加の弾薬や手榴弾をかき集める。


 こんな時に攻撃をかけてくるなんて、奴らは正気じゃない。

 だとすれば、昼にやった会談は何だったのだろうか? 彼らとて、講和を望んで話し合いの席を持ったのではないのか?

 敵の考えていることがわからない。皇帝どころか、貴族でさえただ敵を排除すればいいのだと思っているのだとすれば、この国はあまりにも腐り過ぎている。


「各自、最低限の装備だけを持参するように。他は置いてもいい」

「了解」


 佐藤は頷くと、武器弾薬の類と救急セットだけを持って立ち上がった。どこまで追撃できるかはわからないが、食料は置いておくことにした。

 愛崎も同じく武器弾薬だけを持ち、準備を終えた3人は部屋を飛び出した。


 愛崎は廊下を駆けながら今起こっている状況を頭で整理していたが、そういえばと、あることに気づく。


「艦長、あのちびっ子はどうしたんですか?」

「ちびっ子? ああ、ロッタか。目下のところ行方不明だ。風呂場にもいなかった。おそらくフロランスを追っているのだろう」

「そうですか。ありがとうござ──」

「敵だ! 12時方向!」


 愛崎が言葉を続けようとすると、佐藤が大声を上げた。3人は弾かれるように体を転回させ、近くの柱に身を隠した。

 直後、先ほど3人が駆け抜けていた廊下を、火球や電撃が埋め尽くした。柱の陰にいても、爆圧や空気を伝う電撃の余波が愛崎の体を襲っていた。


「応戦する。佐藤、愛崎、離れるな」

「「了解!」」


 矢沢の指示の下、愛崎と佐藤は柱に隠れながら銃撃を開始する。

 ここで足止めを食らっている場合ではないというのに。愛崎は苛立ちを感じながらも、冷静にトリガーを引いた。

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