95話 一致する言葉

 ヤニニグス自身から逃げきれても、ラフィーネから撤退することは容易ではなかった。

 街中は人通りも多かったが、なるべく強くアクセルを踏んで、通行人は避けてもらうことに期待した。実際に通行人はよく避けてくれる上、通り自体も広いので回避はできる。


 ただ、待ち伏せをしているかのように現れる敵兵たちはそうはいかない。それをミニミ軽機関銃で薙ぎ払うのは助手席に座る矢沢の仕事だった。


 ルーフに張られた幌を一部取り払い、フロント部分のロールバーにミニミを固定させて前へ射撃する。魔法防壁の影響を受けない5.56mm弾は騎士団の鋼鉄製プレートアーマーや魔法軽減の術を施された強化繊維を紙同然に貫き、前を塞いでくる兵士たちを次々に蹴散らしていく。


「どれだけ湧いてくるんだ、銃身が過熱している」

「少なくとも街を出るまでは油断できん。撃ち続けろ」


 矢沢の危惧をよそに、ロッタは後方の敵からの攻撃を凌ぐので精一杯だ。フロランスと瀬里奈は落ち込んだアメリアをなだめている。


「すみません、ヤザワさん……私が軽率な行動をしたばかりに……私は皆さんを、危険な目に……」

「誰にでも失敗はあるし、若気の至りはするものよ。次から挽回しましょうね」


 フロランスはアメリアの頭を撫でながら言うが、矢沢は彼女の言葉にかなり強い違和感を覚えていた。


「君はアメリアと1歳違いではなかったか? 若気の至りなどと、よく出てくるな」

「神官や神殿の参拝者たちの悩みを聞いてたら、いつの間にかこんな言葉が出てくるようになっちゃったの。ふふ、経験は豊富なのよ?」

「経験……ま、まさか、合体か! 合体したんか!?」

「合体?」

「マセガキ……」


 横から瀬里奈が頬を染めながら割り込んでくる。フロランスはただ首を傾げるだけだったが、瀬里奈の意を汲んだ愛崎はぼそっと呟くのだった。


 だが、そうしている間にもミニミの銃身は焼け付き、しばらく射撃すると発砲さえ不可能になってしまった。


「ダメだ、ミニミが使えなくなった。フロランス、君の魔法で直せるか?」

「ふふ、もちろんよ。貸してごらん」


 フロランスはミニミの上に魔法陣を展開し、光で包んだ。しばらくすれば修理されて使えるようになるだろう。

 矢沢は89式小銃を取り出し、射撃を継続する。ただ、同じ銃弾を使う一方で弾数が少なく、頻繁にマガジンの交換を必要とする。


「ヤザワさん、私、本当にここにいていいんでしょうか……こんな子、足手まといですもんね」

「そんなことはない。君はよくやってくれている。君がいなければ、この世界での足がかりを作ることすら不可能だった。そういう意味では、君はとても重要な役割を果たしている」


 矢沢は決してアメリアに顔を向けないが、それでも声だけはかけ続ける。目の前の敵を排除するのと同じくらい、彼女を救うことは大事なことなのだ。


「誰にでも間違いはある。若気の至りの問題ではない。私も判断を誤ったせいで帝国と戦争状態に陥ってしまった」

「でも、ヤザワさんたちは自分のお尻を拭けるじゃないですか。こんな、みんなに迷惑をかけた私は、そんなこともできずに……」

「そう思うなら、もっと大人の言うことを聞くべきだ。それも、できる限り多くの大人から。大人は多くの時間を生きてきた分、何が間違いで何が正しいか、それを見分ける能力はついてきている。それでも1人だけに頼るのはよくない。多くの人々から言葉を聞き、自分で判断をつける能力を身に着けるんだ」

「結局、最後は自分頼み、なんですね」


 アメリアは目じりに溜まりつつある涙を拭うと、自分に言い聞かせるように小さく呟く。


「そうだ。見識を深めると、それだけ世界が広がる」


 矢沢の言葉を聞いて、アメリアはいつか聞いた言葉を思い出していた。


 笑顔のために戦う。矢沢がかつて言っていたことだ。


 そして、瀬里奈も言葉自体は違うものの、ニュアンスは全く同じことを言っていた。菅野もそれを否定しなかった。


 ならば、笑顔を守るという行為は、普遍的に正しいことなのか?


 世界はエゴと悲しみで動いている。

 そんな中でも、利他行為は成り立つものなのか?


「リロード!」

「前方に多数の敵! 避けられません!」


 矢沢が小銃のマガジンを交換する間に、前方から多数の敵が現れて前を塞いだ。再び照準を付ける頃には敵が攻撃準備を終え、何発もの火球を放ってくる。


「うわああああっ!?」


 愛崎の絶叫と共にフロントガラスが粉々に砕け、中の乗員たちを襲う。アクセルペダルから足を離したせいで高機動車は速度を落としていく。


「ああっ、くそ……」

「アイサキ、どうしたのだ?」

「ボンネットに被弾してエンジンが死んだ! もう動けない!」

「くそ、奴らめ!」


 ロッタは悪態をつきながら高機動車を降り、剣を抜いて戦闘態勢を取る。矢沢や愛崎も車を降りて銃を取り、フロランスも魔法防壁を解放して戦いに備えた。


「ごめんなさい、私のせいで……」


 アメリアは顔を手で覆い、さめざめと泣くばかりだった。

 自分がやらかした行為で、ここにいる者全員の命を危険にさらしてしまった。あの時家出なんかしなければ、こんなことにはならずに済んだのに。


 その時だった。ずっとついて来ていたSH-60Kが高度を下げ、据え付けられた機関銃で援護を開始した。


『艦長、こちらエグゼクター1。援護します』

「すまない、この先で合流しよう」

『ラジャー。ならば、増援が必要でしょう』


 パイロットの萩本三佐がやや上ずった声で言う。すると、ヘリから何かが落下してくるのが矢沢らの方から見えた。

 それは道路の石畳の上に落下すると、強い魔力を伴って敵兵の1人をなぎ倒した。


「アメリア姉さん、オレが助けに来たぞ! 姉さん!」

「うそ、ガルベスくん……?」


 アメリアは聞き慣れた少年の声に反応し、敵兵が集まっている方を見た。


 そこには確かに、かつてオルエ村で別れた少年の姿があった。

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