276話 別れを告げる炎

「緊急事態発生! 左エンジンに被弾!」

「くそっ!」


 マウアが放った火球はSH-60Kの左エンジンを破壊し、メインローターが生み出す揚力を低下させていた。機体はフラフラと不規則な飛行を続けながら体勢を立て直し、どうにか揺れを抑え込む。


「ラナー! あなたがいるべき場所はそこじゃないでしょ! 降りてきなさい!」

「……っ!」


 何らかの魔法を使っているのか、マウアの呼びかけはヘリの駆動音が響く中でもはっきりと聞こえていた。彼女の子供を叱るような呼びかけに対し、ラナーは耳を塞いで体を丸めた。


「ラナー、耳を貸す必要はない。君には落ち着ける時間が必要だ。彼女らがやるように、人を閉じ込めて考えを強要するようなやり方に従ってはいけない」

「そう。まずはあたしたちの家に来て、ゆっくり休むことが先決」

「…………」


 ラナーは何も答えることなく、耳を塞いで縮こまる姿勢を崩さなかった。どれだけ恐ろしいことがあったかはわからないが、このままでは彼女が不憫だ。


「アメリア、防御を頼む」

「はい」


 矢沢はアメリアに防御を指示しつつ、自らもヘリの外まで身を乗り出して声を張り上げた。


「マウア、私はラナーを連れていく。ラナーには考える時間が必要だ。私はラナーの友人として、処罰を与えるようなやり方を黙認することはできない!」

「敵のスパイにされたんだから、処罰するのは当然よ! 早く返しなさい! でないと、そのまま撃墜するわよ!」

「ラナーの命より撃墜を優先するのなら、これは立派な救出作戦だ! なおさら返すわけにはいかない!」

「く……待ちなさい!」

「させません!」


 マウアはしびれを切らしたのか、両手に生成していた火球を投射する。もちろんアメリアの防御魔法陣に阻まれ、機体にはそれ以上ダメージを食らうことはなかった。


 ヘリはマウアが残る岸を離れ、一路艦隊へと戻っていった。


 物的被害はそれなりに受けたものの、自衛隊側の死者はゼロ。当初の予定通りに作戦が進んだのもあったが、何より思ったより敵の抵抗が少ないことも作戦成功に寄与した。


 これが1つの区切りとなる。矢沢の救出に成功したことで、自衛隊側がアモイに対しても十分な作戦遂行能力を誇示できることを証明したのだから。


 問題はこれからだ。いかにしてアモイを懐柔するか、その糸口は見つけ出すことも未だできないままだ。


  *


 風呂から上がったラナーは、ベル・ドワールの甲板からどこまでも続く真夜中の大海原を眺めていた。

 青く輝く惑星オースの光が海と空の境界を浮かび上がらせる。満天の星空が空を埋め尽くし、その光を海原の白波が照り返すのだ。


 矢沢は星明りに照らされたラナーの横顔を見て話しかけるのを躊躇っていた。何と声をかければいいのかよくわからない。


 ただ、そのまま放置しているわけにもいかない。矢沢は意を決すると、ラナーにそっと声をかける。


「海水風呂ですまないな。この艦には浄水設備はあるものの、そこまで多く真水を作り出せるわけではないからな」

「ううん、いい」


 ラナーは小さな声でつぶやくように言う。普段の彼女らしくないのはもちろん気になるが、普通の受け答えができる程度であれば話もできるだろうと胸を撫でおろした。


「それと、無理に連れ出してすまない。君を守るには、どうしてもこうするしかなかった」

「ううん、それも怒ってないから」

「感謝するよ。いずれは君が国に戻れるように努力する。いや、必ず君が笑顔でいられるようにする。必ずだ」

「別にいい……なんかもう、どうでもいいし……」


 矢沢は迷惑をかけた分も努力すると意気込んでいたが、ラナーは冷淡に返すばかりだった。


 もしかすると、矢沢の行動がラナーを怒らせてしまったのかもしれない。どこか後ろめたさを感じながらも、矢沢は続ける。


「どうしたんだ。まさか、私が君を連れ出したからか? それとも、そもそも協力を依頼したことを後悔しているのか? それなら、今後は協力せずとも……」

「違う……違うわ! ただ、ただ……わかんなくなっちゃった」

「わからない、か」


 矢沢は何となくラナーが抱えているものがわかったような気がした。


 ラナーは確かに自分の信念というものを持っていたが、それを頭から否定されるような説得をされたのだろう。その説得のどこかに自分が思い当たる節を見つけた。それがラナーの自信を失わせる要因なのかもしれない。


 とすれば、再び自信を持ってもらうほかない。たとえ国を追われたとしても、ラナーの協力は欲しい上、彼女の役にも立ちたいと矢沢は個人的に思っている。


「ラナー、君は苦しんでいる人々を助けたいと願う心に従い、私の協力者になった。その願いはまだ生きているはずだ。君は強い。これから再び始めよう」

「別にいい……あたし、自分が何をしてるのか、よくわからないの。お母さんがあたしに何を願ったって、それもよくわからないし、マウアが何であんなことを考えてるのかも、よくわからなくて……結局、あたしは子供のままなんだ……全部助ければ、みんな救われると思ってたのに、マウアはそうじゃないって……ううん、アモイが滅びれば、あたしの行き場所はどこにもないって……」


 ラナーが言い始めたことは、矢沢には要領を得ないものだった。何を聞かされたのかわからないが、前提知識が無い中ではラナーが何を考えているかは理解しようとしてもできない。


「話してくれないか? 私でよければ相談に乗ろう」

「……わかった」


 ラナーは海原に目を向けながら首肯すると、自分の悩みを打ち明け始めた。

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