214話 アルハラ娘

「そう、友達を探して……」

「ああ。奴隷としてこの国にいるという情報を聞いてな」


 ネモさんは追加で運ばれてきたエールを少しずつ口にしながら、しみじみと語った。

 友達が捕まって奴隷にされた。そう彼は言った。だからこの国に来て、連れ戻そうとしているらしい。


 ただ、それは主要な国々が決めた奴隷の扱いに異を唱えることになる。奴隷化されれば主人が解放しない限り自由にはならない。それが世界一般の認識。


 その一方で、大きな国でもアルトリンデだけはそれに納得しなかった。もしかすると、ネモさんはアルトリンデや条約に加入していない小国から来たのかもしれない。


 結局、ここでも奴隷の話を聞くことになった。朝からそれで嫌な気分になったから今日は飲みたかったのに、これじゃ台無し。


 もちろん友達には同情するけど、どうしようもないのも事実。どれだけ努力しようと、こればかりは変えられない。


「友達、見つかるといいね」

「ああ」


 ネモさんは短く言うと、ジャーキーとバターポテトを黙々と食べ始める。彼にとっても、この話が辛いのはわかる。友達がそんな目に遭わされれば、誰だって悲しむに決まってる。


 楽しい話をしようと言ったのに、また気まずい空気が流れていた。奴隷の話はもう勘弁してほしいのに、何故か話がそっちに行ってしまう。

 席を立って親父さんに注文しに行こうとすると、ネモさんが顔を上げた。


「こんな話をしてすまなかった。よければ奢ろう」

「えっ、いいの!?」

「こう見えても、お金は持っている方だ」


 ネモさんはそう言うと、ニッコリ笑って席を立った。


 やっぱり、いい人なのかもしれない。無駄だとわかっていても、遠くの国まで行って友達を助けようとしたり、こうして悪い空気を作ってしまったお詫びに奢ってくれたり。


 けど、奴隷の話をしたのはあたしだし、ただ奢ってもらうだけなのは申し訳ない。だから、ネモさんが注文をしに行く前に、あたしはネモさんを引き留めた。


「ねえ、どうせだから飲み比べでもしない?」

「飲み比べ? まさか、闘飲のことか」

「そうそう。あたしもお金は持ってるし、どうせ使うなら楽しいことに使った方がいいと思うの」

「……それもそうだな」


 ネモさんは渋い顔をして迷っていたけど、すぐに笑みを浮かべて了承してくれた。どれだけ飲めるかはわからないけど、大酒飲みのあたしに挑戦したことを後悔することになるのは確かだった。


  *


 飲み比べを始めて1時間、ネモさんは度数の低いお酒でお茶を濁している。何度か水も飲んでるし、正直言って拍子抜けというか、腰抜けというか。


 こんなのじゃやってられない! 飲み比べするって言ったのに、全く守ってくれないじゃないの!


 さすがに腹が立って、ドンと机を叩きながら立ち上がり、ネモさんにガンを飛ばす。


「ああもう、付き合うって言いながらジュースばっかりじゃない! ウイウキーを飲みなさいウイルキー!」

「君、呂律が回っていないぞ……」

「ラナーって呼びなさいよラナーって! もー、親父さん! セクタのショット10杯ね!」


 ちびちびと安いエールをあおっているネモさんに腹が立って、親父さんに度数が高いウイスキーのショットを10杯注文。これさえ飲めば、大抵の人族は吐くか倒れる。


 親父さんは呆れていたけど、そんなことは気にしないし、する必要だってないんだから!


「ったく……程々にしとけよ姉ちゃん」

「飲み比べするって言ったの! あたしはねぇ、お酒には強いんだからぁ!」

「はぁ……自分で注げバカ。ほれ、お前のだ。悪いね兄ちゃん、ラナーちゃんは酒には強いんだが、飲みすぎるとこうなる」


 親父さんはそういうと、空のショットグラスとウイスキーのボトルを持ってきてくれる。前にあたしがボトルキープしておいたヤツだ。

 一方、ネモさんは出された瓶と親父さんを交互に見やると、驚いた風に口を開く。


「この国にはボトルキープの文化があるのか」

「いいや、うちが少し前に始めたサービスだ。ここで働いてる奴隷の兄ちゃんから伝え聞いた外国の文化らしくてな、何て言ったっけか……ニ、ニ、ニなんとか」

「……そうか」


 また奴隷の話になったことで意気消沈したのか、ネモさんは目を伏せて黙り込んだ。

 この国に生きているなら仕方のないことだけど、どうしても奴隷の話題は出てしまう。結局のところ、奴隷と生活は切り離せないものなんだ。


「ごめん、ネモさん。あたしのせいで……」

「いや、君は何もしてないじゃないか。別にいい」


 また奴隷の話を聞かせちゃった。少し頭がフラフラするけど、それでもネモさんには謝っておきたかった。

 けど、ネモさんは笑顔でなだめてくれる。奴隷の話がイヤなのはどっちも同じはずなのに。


 もしかして、気を遣ってくれているのかな。


 もしそうだとすると、やっぱり申し訳ない気分になる。


「……ははは、そうよね。ごめんなさい。じゃ、飲み直しと行きますか!」

「まだ飲むのか……」

「言ったでしょッ! ネモさんってば、度数の低いお酒ばっかりじゃないの! だからウイスキー注文したのに! それとも、女の子のあたしだけ飲ませて、後で襲おうって魂胆じゃないわよね?」

「それは……断じて違う」

「じゃあ飲んで!」


 困惑しながら否定するネモさんに、強引にウイスキーのボトルを押し付ける。とうとう観念したのか、ネモさんはゆっくりとした手つきでやや濁りのある茶色の液体を大きめのグラスに注いだ。


「いえーい! イッキ! イッキ!」

「なぜ異世界に来てまでアルハラを受けねばならんのだ……」

「何か言った? 異世界?」

「いや、何でもない」


 ネモさんは独り言めいたことを言ってたけど、意味がよくわからなかったから聞き流した。やっぱりエルフの国となると、人族から見れば異世界にも見えるのかな。


 カクテル用のグラスになみなみと注がれたウイスキーの原液。これだけ飲めば、お酒に強いエルフといえどただでは済まない。ただ、ネモさんがどうなるのかは見てみたかった。


 ネモさんはグラスに口をつけると、少しずつウイスキーを飲み干していく。決していい飲みっぷりとは言えないけど、そこそこ行ける方だとわかってすごく嬉しい。


「うぐ……喉が焼ける」

「大丈夫だって! ほら、飲んで飲んで!」

「ううぅぅぅ……」


 ネモさんはうめき声を上げながらも、ウイスキーを全て飲み干した。すぐに水を何杯か飲んだけど、吐く気配はなかった。


「やったじゃんネモさん! いえーい!」

「うっぷ……」


 あたしはネモさんの手を掴んで、空高く掲げる。ノリのいい店内のお客さんからは温かい拍手が贈られ、気分はもう最高。


 でも、手を降ろした時には、ネモさんは気絶していた。

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