45話 尾を引く槍

「聞いたぞ。奴らの艦隊が出たそうだな」


 矢沢がCICへ移動するなり、ロッタが張り詰めた声で言う。


「どうもそうらしい。騎士団の見解は?」

「この近辺は奴らの裏庭だ。ここにいる者に千里眼が使える者はいないが、そう判断してもいいだろう」

「では決定だな。戦闘配置のまま逃げの一手だ」


 帆船の速度は地球のエンジン付きで20ノット出るかどうか、中世の帆船では10ノットも出ないだろう。

 対して、あおばの最高速度は29ノット、アクアマリン・プリンセスも航海速度で22ノット出る。彼らが追い付くことはできない。


 無用な戦闘を行うより、逃走に徹すること。基本的にはそれでいい。


「副長、シーホークを出してくれ。監視をさせる」

「りょーかいですっ! エグゼクター1、直ちに発進準備!」


 飛行長である佳代子に命令を下すと、後部格納庫でSH-60Kの発進準備が始まった。戦闘に備えてAH-1Zの格納庫扉も開放される。


「では、我々も戦闘準備を行う」

「待て」


 CICから出て行こうとするロッタを、矢沢が引き留めた。それに対し、当のロッタは不満げに睨みつける。


「何だというんだ。お前たちの力は認めているが、あの黒い筒だけでは心許あるまい。我々騎士団も戦うぞ」

「艦長の言う通り、必要はない。むしろレーダーの稼働を妨害する」


 ロッタの宣言を冷たく遮る徳山。レーダーを見つめる仏頂面を歪めることなく、戦闘準備も継続している。


「れーだー?」

「この艦の目だ。攻撃にも使用する関係で、原則的に戦闘中は艦内へ退避させている」

「船に目があるのか? 奇妙な話だ」


 ロッタは右の眉だけを吊り上げ、難しい顔をしていた。この世界の住人に地球の最新技術を説明してもすぐには理解できないだろうしと、矢沢は説明をしないことにした。


「任せておけばいいよ。この艦の目は長嶺さんの眼力なんかよりずっと強いんだから」

「後で長嶺に殺されても知らないぞ」


 半笑いで冗談を言う菅野に対し、徳山が全く笑わずに答える。菅野は冷や汗を流しつつ、レーダーの操作に戻った。


「そこまで言うのであれば、お手並み拝見といこう。もっとも、連中にはとんでもない戦力が存在するのだが」

「戦力?」


 目を閉じて口元を緩めるロッタのもったいつけたような言い方には、矢沢としても見過ごせないものがあった。


 どういうことかと聞こうとしたが、佳代子が横から割り込んでくる。


「大丈夫ですよう! この艦は米国のアーレイ・バーク級さえ凌ぐ能力を持ってるんですから! 個艦防空ミサイルはありませんけど……」

「ESSMやA-SAMを装備していないのは自衛隊の方針によるものです。縦深防御より艦隊防空に徹するべきだと思っているのでしょう」


 佳代子の呟きに、徳山が至極真面目に返事をする。とはいえ、その中身はほとんど愚痴のようなものだろう。


 そこに、菅野が割り込んでくる。


「レーダーに感あり。敵艦隊より高速の行動目標が分離、こちらに接近してきます」

「数は?」

「どんどん増えています! 20、30、40……55に増加! 各個に編隊を組んでいます! 速度はおよそ100ノット前後!」

「冗談だろう……!」


 菅野からの報告に、CICがざわついた。


 時速180キロメートル程度の行動目標となると、地球ではセスナなどのような軽航空機と判断される。特に、それが50機以上もあるとなれば、母艦は専用の設備を有する航空母艦の類だ。


 いずれにせよ、これほどの数の航空戦力を1部隊で運用できる能力が、この世界に存在していることは間違いない。


 CICの全員が、この世界にやって来た時に遭遇したドラゴンたちのことを考えていた。彼らは野生だけでなく、家畜として飼い慣らされているのではないかと。


「艦橋、そちらから航空機は見えるか!?」

『こちら艦橋、未確認飛行物体を視認しました。規格外に巨大な猛禽類と思われます! 背中には武装した人間が騎乗しているのが見えます!』

「猛禽類だと?」

「正確には違うな。下半身はレゼルファルカのような陸上生物の意匠を持っている。この世界では一般的な騎乗用飛行生物だ。我々は『ペンゼローグ』と呼ぶ」


 ロッタは鼻を鳴らしながら矢沢の反応を伺っている。航空戦力と聞き絶望するのかどうか、それを伺っているのだ。


「それならグリフォンですね! そんなのもいるなんて、この世界すごいですっ!」

「短距離AAMならば問題としたところだが、幸いにもSM-2やSM-6はレーダーで誘導する。探知できればこちらのものだ」


 ロッタの予想とは裏腹に、佳代子は目を輝かせながら、矢沢は表情を変えることなく言う。


「怖くないのか?」

「むしろ我々が得意とする敵だ。それに、ずっと弱い」


 艦長と副長が自信をもって言ったからなのか、それともロッタが正体を言ったからなのか、CICの雰囲気が落ち着いてきた。


 この戦いはこちらのものだ。そう言わんばかりに。


  *


「グリフォン隊、出撃せよ!」


 ザップランド提督の命令により、近衛騎士団艦隊の旗艦である50m級超大型キャラック【ファルザー】の中央マストに、グリフォン隊の出撃を報せる信号旗が掲揚された。


 艦隊には航空戦力として騎乗可能な飛行生物であるグリフォンが一定数積載されている。特に40隻近いこの艦隊においては、90騎分ものグリフォンが載っている。海上の航空戦力としては大きな数になる。

 出撃準備はすぐに整えられ、総勢55騎のグリフォン隊が次々に空へ舞い上がっていく。


「敵は巨大とはいえ1隻のみ。戦闘艦だったとしても、これだけのグリフォンを相手取ることはできまい。騎士は皆が遠距離攻撃の達人、それに加えグリフォン共も護衛魔法使いによる対空砲火を回避できるほどに俊敏だからな」

「なるほど、グリフォンですか」


 主にアセシオンやダリアが使用する家畜であるグリフォンは、船の10倍以上の速度で飛翔し、騎乗する騎士共々敵を攻撃できる。相手の戦闘力が不明な以上、戦術的には最良な方法だろう。


 だが、戦略的には撤退すべきだ、というのがライザの本心だった。明らかに我々の知る船とは違う。


 何も情報がない敵ほど恐ろしいものはない。あの海賊船が持つ能力は、何1つとしてわかっていないのだ。


 次々に飛び立つグリフォンたちをファルザーの甲板から眺めながら、ライザは自分の心配が杞憂であることを祈った。


 自分は特に生きていたいとも思わないが、こんな野蛮人と心中する気は一切ない。死ぬなら勝手に死ねばいい。


 そう考えていたところ、先頭を飛行していたグリフォン隊から爆発音が響いた。


「な、何があった……!?」


 提督の間抜けな一声を無視するかのように、次々にグリフォンたちが爆炎に包まれていく。


 見れば、あの灰色の船から『何か』が煙の尾を引きながらグリフォンに殺到している。彼らとは比べ物にならないほどの速度で到達するなり、小規模の爆発が発生していくのだ。


「何、あれは……」


 提督だけでなく、ライザまでもが口を大きく開け、放心状態のまま撃墜されていくグリフォンたちを眺めているだけだった。


 やがて、艦隊の直掩に就いていたグリフォンたちにも『尾を引く爆発』の魔の手が迫り、上空で炎と羽を散らしていく。


「こんな、ことが……」


 ライザが震え声で口にした時には、空を飛ぶものは姿を消していた。

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