308話 瀬里奈の戦い

「おいおい、マジで瀬里奈ちゃんなのかよ!?」

「うそでしょ……」


 艦橋に詰める隊員たちは、ただ瀬里奈の姿に目を奪われていた。


 いつもはおさげにまとめている髪は解け、輝くような金色に変化している。服装もスカート部分に幾層ものフリフリが重なった黄色いロリータ風ドレスで、薄黄色のアームカバーやロングソックス、サンダルと、即席で考え付いたアイドル衣裳のような華美なものを身にまとっていた。背中には小さな天使の羽のような装飾まで付いている。


 まるで、アニメに出てくる魔法少女だ。瀬里奈を目撃した者たちは、だいたい同じような感想を抱いていた。


「何してんの! あっちやあっち! はよう逃げや!」


 進路を変えないあおばに対し、瀬里奈が大声で注意喚起をする。我に返った佳代子は、直ちに舵を握る鈴音に指示を出した。


「航海長、針路220!」

「針路220! ようそろ!」


 鈴音がバルブハンドルのような見た目の舵輪を回すと、艦がやや左に傾斜する。真西に向かっていた艦は針路を変え、南西へと艦首を向けた。瀬里奈やドラゴンに背を向ける形だ。


 もちろん、ただ逃げるだけではない。魔法が使えるとしても、まだ年端もいかない子供だけを戦場に残すなど、自衛隊がやっていいことではないからだ。


「艦橋からCIC、手前のブリップは瀬里奈ちゃんですっ! 絶対攻撃しちゃダメですよ! ファランクス射撃用意!」

『CIC了解。手前のブリップを味方と識別』


 CICの徳山は手短に返答する。これでレーダー画面の表示が手動で瀬里奈と識別されるだろう。後はSPY-7レーダーが瀬里奈を追跡するので、瀬里奈が射線に割り込まない限りは誤射する心配はない。


 ひとまず、今は距離を取らなければならない。あおばは全力でガスタービン機関を回し、ドラゴンから離れようと試みていた。


  *


「おっしゃ、行くで!」


 瀬里奈は魔法防壁を最大限に解放し、魔力を爆発的に高める。攻撃準備は既にできていて、相手の反応次第では、すぐにでも反撃できるよう態勢は取っていた。


 だが、ドラゴンは妖しい黄色に輝く瞳で瀬里奈を凝視するだけで、一向に攻撃してくる様子はない。


 瀬里奈はきょとんとした顔をしながら、その場に浮いているだけだった。


「うん……?」


 双方共にしばらく硬直していたが、その沈黙は突如として破られた。間断なく空気が切り裂かれる音と共に、ドラゴンの青黒い鱗に火花が散った。一体何がぶつかっているのか、人の目では全く見えない。


 瀬里奈が驚いて辺りを見回すと、あおばの後部ファランクス機関砲が稼働していたのを目撃した。ドラゴンを攻撃していたのは、あの20mmガトリング砲だったようだ。


 だが、ミサイルや航空機さえ粉砕する20mm装弾筒付徹甲弾は、ドラゴンの鱗を貫通するには威力不足だった。弾体が貫通している様子はなく、ドラゴンも苦しんではいないどころか、むしろ目を細め、あおばに狙いを定めた。


 ドラゴンは海中に身を潜め、20mm機関砲弾の雨を回避する。これでは攻撃を受けてしまうと直感的に察した瀬里奈は、透明な魔力の幕を周囲に展開し、周囲に空気を確保した上で自らもドラゴンを追いかけて海へ飛び込んだ。


 海中では断続的にあおばのアクティブソナーが発する低めのエコー音と、スクリューが回転する小さな機械音が響いていて、スクリューが攪拌した海水の渦をドラゴンが突き進んでいる。瀬里奈は更にその後方に位置している。


 あおばの速度は変わらない一方、ドラゴンは更に速度を上げて追いすがる。このままでは、いずれ追い付かれてしまうだろう。


 このまま放置するのは危険だ。瀬里奈はドラゴンの位置を確認すると、海中から出て先回りを試みた。


 しかし、海から出ると、何の前触れもなく先ほどの20mm機関砲弾の雨が飛んでくる。


「わっ!? アホ、何しよんねん!」


 瀬里奈は魔法防壁で作ったレーダーであるロケーティングで察知し回避できたが、味方から攻撃を受けたことに怒り、そちらに注意を向けてしまう。


 あおばからの攻撃はすぐに止んだが、その直後に船体が小さな横揺れを起こしたのを瀬里奈は見た。そこで、自分がなぜ海上に出たのかを思い出すことになった。


「あ、忘れとったわ! ごめん!」


 誰が聞いているわけでもなかったが、瀬里奈はあおばに向かって謝罪の言葉を投げつつ、速度を上げてあおばの真横まで飛び、そのまま海中へ飛び込んだ。


 やはり、ドラゴンが船体に体当たりをしている。一体何を狙っているのかは知らないが、放っておいてはいけないことだけは瀬里奈にも理解できた。


 瀬里奈はドラゴンの尾を掴むと、できる限りの力を発揮してあおばから引きはがそうとする。もちろんドラゴンも無抵抗ではなく、長大な体をみだりにくねらせて瀬里奈を振り落としにかかる。


「負けへん、負けへんで!」


 振り回されて方向感覚を失いかけていた瀬里奈だが、それでも何とか十数秒の時間は稼いだ。その間にも、あおばは距離を離しているはずだったからだ。


 これで十分と見た瀬里奈は、ドラゴンの尾を離して海中から飛び出した。今度こそ機関砲弾が飛んでこないことを確認しつつ、相手が出てきた時に備えて、エネルギーを手に集中させておく。


「おっしゃ、いつでも来なや!」


 瀬里奈が景気づけに叫ぶと、ドラゴンも瀬里奈の後を追って海上へ姿を現した。そのままブレスを放つつもりなのか、瀬里奈へ向けて魔力が充填された大口を開けていた。


「勝負かいな、ええで!」


 魔法同士をぶつけ、相手を降す。それだけのことだ。相手に不足はない。


「うちの本気、ここで見したるわ! フルール・ブレイザー!」

「オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ!!」


 瀬里奈が両手から黄色のビームを発射すると、同時にドラゴンも青白いブレスを放射。両者の衝突面から膨大な熱量が溢れ出し、海面に同心円状の波を引き起こした。


「うう、くっ……きっついな」


 瀬里奈の魔力量は人間にしては膨大なものだったが、それでもドラゴン相手には力不足だったようで、徐々に瀬里奈が押され始める。


「もう、あかん……」


 瀬里奈はどうにか押し返そうとしていたが、ドラゴンの魔力は桁違いだった。やがて瀬里奈のビームは押し返され、もう少しで瀬里奈自身がブレスに呑み込まれようとしていた。


 しかし、そうはならなかった。突如としてドラゴンの頭部が爆発を起こしたのだった。


「な……!?」


 瀬里奈が驚く間もなく、次の爆発がドラゴンの胴体に着弾。前回のように頭は持っていけなかったものの、ドラゴンは頭部から血を流しながら海面へと落下していく。


 爆発の正体はだいたい想像がついた。瀬里奈が南西の海上へ目をやると、あおばが右に転進しながら主砲をこちらに向けているのが見えたのだ。


 あおばは無事に攻撃へ転じられたようで、次々に主砲弾をドラゴンへ叩き込んでいく。鱗に覆われた体表はオレンジと灰色の花が咲き乱れ、ドラゴンの肉体を削り取っていく。


「おっしゃー! いったれー!」


 瀬里奈が喜んでいると、今度は上空から、先ほど港で感じた魔力を察知した。その直後、瀬里奈の近傍を白色のビームが突き抜けていった。


「うわっ!?」


 瀬里奈が怯む一方、ビームは確実にドラゴンを捉えていた。主砲弾の着弾に合わせて、ビームがドラゴンの体を包み込む。


「……やはり、ダメでございますか」


 不満げな声と共に瀬里奈の脇へ現れたのは、他でもない幻覚で遭遇したジンの少女ルイナだった。彼女は瀬里奈へ向き直ると、にこりと小さな花のような笑みを向けてくる。


「お初にお目にかかります。わたくし、ルイナ・グローリーという者でございます」

「いや、知っとるがな。それよか、助けに来てくれたん!?」

「その通りでございます」


 ルイナはどこか事務的に言うと、再びドラゴンに目を向けた。そして、魔力を手に充填させ始める。


「それでは、お仕置きの時間でございます」


 外面は可愛らしい笑みを浮かべているルイナだったが、発する魔力は暴力的なまでに巨大なものだった。

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