409話 処刑
『ううっ、おかーさん、おとーさん……』
『ミル……』
矢沢や上陸班の隊員たちと共に牢屋へ放り込まれたミルは、奴隷でごった返す牢屋の片隅にうずくまって泣いていた。
いつもはくっついて離れない矢沢からも距離を取り、両親をの名を呼びながらむせび泣く姿は、ただ1人の孤独な少女そのものだった。
そして、1日経った後、大柄の看守に腕を引っ張られながら牢屋から連れ出された時、ミルは矢沢に振り返り、助けを乞うような目を向けていた。
あの後、ミルがどうなったのかはわからない。レン帝国が守護神と敬愛しているらしいパロムの関係者であることから、手荒なマネはされていないと思いたいが、それでも疑念は持たざるを得ない。
「……長……艦長!」
「あ、ああ、どうした」
いつの間にか矢沢は自分の世界に入り込んでしまっていたらしく、環に眉をひそめられていた。
気を取り直して隊員たちの顔を順に見ていくと、彼らもまた一様に矢沢へ目を向けていた。先ほどまで何か話していたらしい環が再度説明を行う。
「艦長、部屋の奥にある通気口ですが、どうやら直接外へ通じているようです」
「本当か?」
「はい。通気口の清掃担当の人族男性から聞きました。格子は取り外せませんが、切断すれば脱出できます」
「わかった。考慮に入れておこう」
環の言うところによれば、部屋の天井に開いている通気口は、脱出口の有力な選択肢となる。
だが、そこで大きな問題が立ちはだかる。大宮も眉をひそめ、それを指摘する。
「けどよ、オレたちは糸鋸とかそういう類の装備はないんだぜ。外から人が来てくれない限りどうしようもねえよ」
「大宮二曹のおっしゃる通り、協力者がいないとどうにもできません。そこが問題です」
「おい、何コソコソ喋ってんだ!」
大宮の指摘に環がため息交じりに答えると、ふいに牢屋の外から怒鳴り声がした。しかし、いつも牢屋の前に陣取っているマオレンの看守ではない。
どういうわけか、複数名が牢屋に乗り込んできたらしい。入り口が開け放たれると、10名前後の兵士が槍で拉致被害者たちを威圧しながらこちらへ近づいてくる。
「おい、よそ者の人族、お前らは処刑されるんだとよ」
「処刑……穏やかじゃないね」
「うっ……」
兵士の1人がケラケラと笑いながら命令を伝えると、環が冷や汗を流しながら腕を組む横で、佐藤はブルブルと震えていた。大宮も息を呑み、処刑という言葉の重みを心で受け止める。
この牢屋に入れられた際は奴隷化されると言っていたのが、数日経ってから処刑に方針転換した。これがどういうことかと言えば、上層部が矢沢らを危険因子と判断して消すことを選んだとしか思えない。そして、それは『あおば』との戦争を意味する。
「ようやく決断したか。我々との戦争を」
「戦争? 戦争なんか始まんねーよ。艦長をとっ捕まえたから拿捕するんだと」
「そんなことが認められるわけがない。これは戦争だ」
「早く歩けよ。こちとら暇じゃねえんだ」
矢沢が反論するも、兵士は聞く耳を持たない。当然といえば当然だろうが。
艦長たる矢沢が敵の手に落ちたとしても、そもそも『あおば』は副長が艦の掌握できるよう再編されている。特別警備隊出身の矢沢が直接部隊を率いなければ、ノウハウのない立検隊だけでは陸地での活動に支障が出るからだ。
矢沢が捕まって1週間が経つだろうが、それでも艦は正常に稼働しているはずだ。そうであってもらわねば、その時点でゲームオーバー、日本には永遠に戻れなくなる。
そして、今も波照間が救出に動いているはずだ。処刑が決まったことで予定は変更せざるを得なくなるだろうが、彼女なら問題なく助けに来てくれるだろう。
たとえ間に合わなくとも、副長が後を継いでくれる。艦の統率能力に関しては疑問符がつくものの、周りの隊員たちは優秀故に、さほど心配するほどでもないだろう。
今はただ、脱出の機会を窺いつつ、流れに身を任せるのみ。そうしなければ、我を失って誤った判断をするかもしれない。たとえ自分が死のうとも、仲間に迷惑はかけられないのだから。
*
今までは裸だったが、偉い人物に会うということで服を着せられた。もちろん、麻布のような粗末なシャツとズボンだけだったが。
矢沢らが連れてこられたのは、城の一角にある兵舎だった。応接間を使うという話も移動中に聞こえてきたが、政務官や軍人たちが応接間をほとんど貸し切り状態にしているせいで、ある程度の広さと設備がある兵舎での面会になってしまったようだ。
薄汚いかと思えばそうではなく、案外清潔な状態に保たれている兵舎の広間に集められた矢沢らは、後ろ手に縛られたまま床に膝をつかされる。
「いつ……もう少し大事に扱ってくれ」
この状況にも慣れてきたのか、大宮は普段通りの軽口を取り戻していた。兵士たちは無視するが、彼の気が持ち直したのはいい傾向だ。
そのまましばらく待つと、外へ続く扉が開け放たれる。そこからやって来たのは、幾度となく面会を重ねたハオ軍務大臣だった。
「全く、なぜ兵舎なのですか……」
「むしろ、こちらの方が守りが堅い。敵の襲撃を回避するには絶好の場所故に」
「そうですか、そういうことにしておきましょう」
どうやら、ハオは不機嫌らしい。同行するウェイイーという宮廷参謀に愚痴をぶつけていた。やはり、彼自身も尊大な性格のようだ。
ハオはウェイイーから目を逸らすと、今度は矢沢らを一瞥する。
「これはこれは何とも。素晴らしい風景ですな」
「次はあなたがこうなる番だ」
「全くもって根拠に欠けるのです。ここから巻き返しなどできるとでも?」
「我々のクルーは優秀だ。決して屈することはない」
矢沢は一歩も引く気はなかった。なるべく強い態度を維持することで、相手の思い通りにはならないと圧を与えるのだ。
「減らず口を……まあよいのです。実は、あなた方の船が我が方への帰順を拒否しましてね」
「当たり前だ。我々の勘はまだ指揮系統を維持できている」
「それがあまりにも目障りでね。そういうわけで、こちらも手を打つことにしたのです。要求を聞かねば、ここに並んだあなた方を1人ずつ公開処刑していくとね」
「……っ」
「おい、冗談だろ……?」
ハオは得意げに鼻を伸ばし、勝ち誇ったように尊大な態度で口にする。もちろん、隊員たちは一様に顔を青ざめさせている。当然だろう、やり口がテロリストそのものだ。
既に勝ったつもりだろうが、ここまで強硬な手段に出るとなると『あおば』は何らかの作戦行動を行い、敵部隊の一部を壊滅させたのだと見るべきだ。
「そういうことか。私の艦が抵抗して大損害を出したせいで、方針転換を迫られたと。接収のために送った部隊を返り討ちにされた、というところか」
「……ッ!」
ハオの頭に血が上っているのか、小刻みに震えて歯を食いしばっている。体毛で覆われているせいで顔が赤くなっているところは見えないが、人間であれば真っ赤になっているだろう。
しかし、ハオは急に呼吸を整え、落ち着きを取り戻した。口元にも笑みが戻っている。
「……あなたは自分が置かれた状況がわかっていないようだ」
「十全に理解している。今後、レン帝国は我々の攻撃にさらされる、ということが──」
ハオの挑発じみた言葉に矢沢が答えていたところ、突如としてウェイイーが手から爪を出し、抵抗できないままの大宮の喉を刺し貫いた。
「うっ……!」
一切の躊躇いもない一突きを食らった大宮は、小さなうめき声だけを発し、喉から噴水のように血を吹き出しながら床に崩れ落ちた。恐ろしいまでの速さで床に血だまりが広がっていき、隣にいた環の脚を濡らす。
「うあ、ああっ……」
「……っ」
佐藤は恐怖で顔を引きつらせ、すぐ脇で見ていた環も荒い息をつきながら大宮を凝視するばかりだった。
そして、矢沢は怒りに震えていた。
「そこのお前、自分が何をしたか、わかっているのか」
「もちろんですとも。彼は我の考えを汲み、代わりに行動してくれたのです。うるさいネズミを黙らせるには、これが効果的でしょうと。あなたが悪いのですよ」
「バカな! 使者を捕まえておいて、勝手に殺すなどあっていいものか!」
矢沢はハオに突っかかろうとするが、すぐさま後ろにいた兵士に組み伏せられる。
もはや相手はただの獣だ。話が一切通じない。矢沢は自らの胸中に、相手への復讐心がふつふつと湧き上がるのを感じていた。
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