番外編 続・イージス護衛艦あおば・その1
「おはようございます」
「やあ、おはよう」
「どうも、おはようございます」
波照間は艦内通路ですれ違った矢沢と、陸自の相田3等陸尉に軽く挨拶をする。矢沢と相田も挨拶を返し、それぞれ艦長室と相田の自室へ歩いていく。
「……やっぱり気になる」
この2ヶ月間、波照間にはずっと気になっていることがあった。
この艦は海上自衛隊が運用するイージス護衛艦のはずだが、なぜか陸自の隊員である相田がCICに詰めている。それも、三沢や自分のようにやむを得ない場合の緊急措置ではなく、最初から乗り込んでいるのだ。
今の時間ならば、2人とも非番のはずだった。話を聞くなら今しかない。
「あの、艦長さん、相田くん」
「うん、何かね?」
「はい?」
「少し伺いたいことがあるんですけど、よろしいですか?」
波照間が呼び止めると、どちらも振り向いてくれた。矢沢は不思議そうに波照間を見つめていたが、話があると聞いて納得したように頷いた。
「構わない。用件は?」
「相田くんは陸自の隊員ですけど、なぜこの艦に乗っているのかと思いまして」
「ああ、そのことですか」
相田はまだ少年の雰囲気が抜けきっていない、さっぱりした風貌の青年だ。確か24歳だと言っていた気がする。
相田に続けて、矢沢が話を引き継ぐ。
「私から話そう。この艦はいわばイージスアショアの代替艦であることは君の承知のはずだ」
「ええ、数年前の新聞で拝見しました」
「本来、イージスアショアは陸自が運用するはずだったが、それが立ち消えとなって代替艦が建造されることになった際、BMD関連は陸自の人員が行うということになった。そこでBMD士は陸自から派遣された相田くんが担当している、というわけだ。BMD長は副長が兼務しているがね」
「そういうことだったんですね」
波照間はふむふむと何度か頷いて納得した。波照間自身は普通科からレンジャー課程を経て特殊作戦群入りしているので縁はなかったが、日本を取り巻く安全保障学習の一環で少しの知識だけは持ち合わせている。
「じー……」
「ちゅちゅ……」
「っ!?」
やっと気になっていた話を聞けて満足したと思っていたら、通路の向こうからアメリアがジト目でこちらを凝視しているのを見つけ、つい表情を歪めてしまう。おまけに、彼女のペットであるネズミのまーくんもアメリアの肩に乗って同じように睨みつけていた。
「波照間くん? ……ああ、アメリアか」
「あっ、動物性愛者の女の子?」
「動物性愛者っ!? いえ、確かに否定は、できませんけど……」
アメリアは相田に図星を突かれ、ペットであり大切な相棒のまーくんから目を逸らした。
だが、それも一瞬のこと。アメリアはすぐさま頬を赤らめながらも強気な態度に転じる。
「そ、それより、通路を塞がないでくださいよ!」
「あ、ああ」
「こりゃどうも、すみません」
矢沢と相田は特に反論することもなく、申し訳なさそうに横によけて通路を空ける。
これでアメリアが通れると思いきや、彼女はその場で矢沢を凝視したまま動こうとはしなかった。
「……アメリアちゃん?」
「はい」
全く動かないアメリアに、波照間は声をかけてみる。
やはり動かない。何かを待っているかのように。
「アメリア、君が何をしたいのかよくわからない」
「……その、いーじす何とかっていうのがよくわからないので、説明がほしいなぁと」
「わかった。少しこちらの世界の知識が必要になるだろうが、できる限り話しておこう」
矢沢は嫌な顔をすることもなく、アメリアに落ち着いて声をかけた。結局通路のくだりは何だったのかと波照間は言いたかったが、これ以上彼女を刺激してもいいことはないだろう。
*
波照間は士官室に設置された映写機を使い、壁際のスクリーンに映像を映し出した。よく広報で使われるイージス艦やBMDの説明を編集し、内容を大きく増したものだ。
「まず前提知識として、日本は核兵器を保有する国家を仮想敵国としていることを知っておいてほしい。これは前に説明したね?」
「はい。複数の国家がニホンに対してカクヘイキを向けている、と……」
「この護衛艦『あおば』は、その核兵器を搭載するミサイルを迎撃するために建造された艦だ。色々と複雑な経緯はあるが、まずはイージスシステムの成り立ちと運用を見ていこう」
矢沢が目配せをすると、波照間は最初の映像を流し始めた。
艦艇から発射する対空ミサイルは、日本が取った特別攻撃、つまり特攻への対応策の1つとして開発が始まり、やがてソ連の爆撃機へと標的は移った。
長らくアメリカは艦種別、役割別に別種のミサイルを使っていたが、やがてソ連が大量の対艦ミサイルを短時間で目標に命中させる訓練を公開し、更に舐めてかかっていた対艦ミサイルが1発で駆逐艦を撃沈に追いやった事件があったことから、高性能な艦隊防空システムの開発に踏み切った。それがイージス武器システム、通称『イージスシステム』だった。
これらは洋上の高価値目標、つまり航空母艦の防衛に使われるシステムとして結実した。航空母艦や戦艦が敵地への攻撃を行う矛だとすれば、イージス艦はその空母を守る盾の役割を担う。
「なるほど、移動する防空陣地なんですね」
「本質的にはそうだ。民間人にはイージス艦を『万能の強い艦』と考えている者もいるが、それは艦に機能が付与されていっているからに過ぎない。むしろ高価値目標である戦艦をイージス艦化させても、限られた甲板のリソースをそちらに奪われるだけだ」
だいぶ地球の常識に慣れてきたのか、理解が早いアメリアに矢沢は感心しているようだ。先ほどまでの硬い表情が少しばかりほぐれているのが波照間にもわかる。
「では、次からが本題、弾道ミサイル防衛に関してだ」
矢沢が再び目配せすると、波照間は次の映像を映し出す。
今度は日本を中心に、ロシア東北部からグアム、スマトラ島近辺まで映し出した広大な地図がスクリーン上に浮かび上がっていた。
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