番外編 続・イージス護衛艦あおば・その2
「日本がアメリカとの戦争に負けて彼らの勢力圏に組み入れられた後、アメリカとソ連は『冷戦』と呼ばれる、イデオロギーで対立する状況を作り出していた。互いの配下である小国を取り合い、軍拡や技術開発競争、小国での代理戦争で自分たちの版図を広げようとしたのだ。しかし、その構図はソ連の崩壊で終わりを迎えた。これで世界は平和になる。誰もがそう思っていた時だった。しかし、それで終わりではなかった。ソ連の崩壊で核やミサイルの技術が拡散し、世界は新たな時代に突入しただけの話だった」
矢沢の説明に続けて、スクリーン上の地図に様々な情報が表示されていく。
冷戦終結後、ソ連の後継国家であるロシアが勢力を取り戻し、莫大な人口と資源を持つ中国が台頭、そして代理戦争の舞台となった北朝鮮が核兵器を開発したことで、日本は大きな変化を迫られていた。
「その新たな時代の最初のページが、私が防衛大に入学した時期に起こった湾岸戦争だ。この戦争では短距離の弾道ミサイルが大量に使われ、多国籍軍の脅威となった。アメリカでは弾道ミサイルを防ぐBMDを推進し、日本では北朝鮮が何度か行った危険な弾道ミサイルの試験という事実に直面した。米国の戦域BMDと日本の中距離BMDは、1つのプラットフォームを改修することで対応可能とされた。そのプラットフォームがイージスシステムであり、改修内容がイージスBMDだ」
イージスBMDはイージスシステムとVLS、レーダーに改修を行って対応した。日本のイージス艦の全てがこれらに対応し、いつ日本に向けて発射されるかわからない弾道ミサイルの脅威に対抗するため、定期的に日米のイージス艦が日本海をパトロールするようになった。これがBMDパトロールだ。
「しかし、それはイージス艦の本来の役割である艦隊防空ではなく、あくまで日本本土の対弾道弾防衛という、イージスの機能をかなり無駄にする任務に過ぎない。そこで、日米両政府はイージス艦をこのような不毛な任務から解放するため、イージス艦の必要な機能だけ切り取り、地上に配置するという手段に出た。それがイージスアショアだ。地上にある故に切れ目のない警戒監視が可能で、機関や航海用具、それを動かす人員を必要としない故に、艦よりずっと少ない人数とコストで運用できるはずだったのだが……」
アショアを設置するにあたり、防衛省の杜撰な調査や不誠実な対応が問題となった。それに加え、地元住民の風評被害とスパイのネガティブキャンペーンがネット上や紙面、噂などの形で世間に氾濫した。
イージスアショアはいかんせんコストパフォーマンスに優れる一方で強力なBMDアセットであったため、日本を仮想敵国とする核保有国はその配備阻止に躍起になる。ロシアは公にイージスアショア配備を批判したが、中国や北朝鮮も工作員を使ってネガティブキャンペーンを行っていた。波照間も内閣情報調査室の報告書をサンプルとして読ませてもらったが、中国の留学生や在日朝鮮人の一部、ロシアの協力者と目される人物がSNSなどメディア上で活動しているとの記述も各所にあった。
「結局、イージスアショアは問題の早い幕引きを狙って計画が潰れた。それでもBMDアセットは必要としたことから、コストの爆発的な上昇を忍んで計画は続行、結局はイージスシステム搭載艦として計画が進められた」
「ヤザワさんの国って色々と不便なんですね」
「これも自由主義の宿命だ。自由を求めるならば、それを維持する努力が必要だが、日本人はその意識が希薄だ。国民は政治的な議論を避け、政府にも明白な大戦略的な視点がない。ただ現状を維持するだけの組織に成り下がってしまっている」
このイージスシステム搭載艦は、初期案では単独行動と長期の作戦行動能力を期待されており、移動の必要性も薄いことから波に強い双胴船案さえも出ていたが、ここでもう1つの『日本が抱える問題』に直面することになった。
近年は中国の海洋進出が著しく、それに対抗するために日本が『自由で開かれたインド太平洋戦略』を発表。これにアメリカやインド、オーストラリア、そして多数の西側国家が協力する形となり、中国の行動に対抗した。
それに伴い、日本もできる限りの戦力を南西諸島に集めることとなった。中国が保有する対艦弾道ミサイルや極超音速ミサイル、ひいては彼らが掲げる『
これらを考慮した結果、やはりイージスシステム搭載艦は従来艦艇の延長線上にあると再定義され、各地域配備の護衛隊2部隊から1隻ずつ艦艇を派遣し護衛を行うことでコストダウンを行う、という要求に変更となった。
「迷走に次ぐ迷走の結果、イージスシステム搭載艦は平時の滞洋性能と有事の対応における柔軟性確保を謳われ、既存イージスの改良型となった。単に機能を削るだけであれば、それこそ既存の貨物船にイージスアショアを搭載すればいいだけの話だからだ」
「それで色々あった結果、この船が建造されたんですね」
「その通りだ」
矢沢は半ば呆れながらも頷いた。
自由で開かれたインド太平洋構想、いわゆるFOIPを主導しておきながら、自国の安全保障政策は迷走ばかり。新型コロナウイルスのワクチン供給など棚ぼた的に利益を得たこともあったが、基本的に日本は外国に対して弱腰になりやすい。この『あおば』という艦の存在自体が、迷走する日本の象徴となってしまっている。
自衛隊は日本政府の命令で動くが、その日本政府が迷走を続けてはどうしようもない。今の日本は大丈夫だろうかと、波照間は映像を切り替えながらぼんやりと考えていた。
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