306話 混乱の是正へ

「陛下、失礼いたします!」

「無礼な、取り込み中だぞ」


 ノックの返答も待たずして、突如として会議室に乱入してくる侍女の1人。国王は先ほど幻覚に出たジンのことで複数の大臣たちと協議を行っていたが、それに水を差されたことで不機嫌になる。


 眉を吊り上げる国王に対し、侍女は荒い息を整えながら報告を行う。


「い、今すぐ報告せねばと思いまして」

「何だというのだ。彼らが上陸してきたとしても想定内だと伝えておろう」

「いえ、直接ラナー様を奪還しに来たようで、警護に当たっていたジャマル様が倒されました!」

「な、ジャマルが……? いや、連れ帰れたとしても、ラナーの記憶は戻るまい。後はこちらから責め立てて譲歩を引き出せばよいのだ」


 国王はジャマルが倒されたという報告を受けても、なお冷静さを保っていた。

 敵は魔法防壁を無視する武器を持っている。以前の襲撃のように、予想できなかったことではないのだ。


 しかし、次の言葉は国王の度肝を抜くこととなる。


「いえ、実は……ラナー様の記憶が戻られたようで、国民に向け奴隷解放の演説を行っております! 既にそれなりの数が賛成しており……」

「バカな、ありえない! 神器の力だぞ!」

「ですが、複数の兵士による情報です! 信頼性は極めて高いかと」

「まさか、エルヴァの奴が手を抜いたのではあるまいな」

「わかりませんが、ジンの仕業と言う可能性も……」

「そうか、それでジンが……」


 国王と侍従の会話をよそに、国防大臣が口髭を撫でながら一言をこぼした。他の大臣たちも認識は同じようで、会議室は文句や舌打ちといった負の音で溢れかえる。


 一方、国王には更に怒りが募っていた。向こうへ寝返ったラナーを利用する算段が完全に潰え、しかもアモイが追い込まれている事態となっている。


 それに加え、ジンという存在も大きかった。ただ軍を動かすだけでは、ジンに返り討ちにされてしまう。それほどまでにジンの存在は大きく、彼らが味方する灰色の船というのは強大だという認識があった。


 おまけに、ここで全軍を動員したとしても、敵が首都にまで乗り込んでいる故に、動きは逐次察知される。そうなれば、敵は攻撃を仕掛けてくる可能性が一気に高まることになる。そうなればおしまいだ。


 ジンに介入され、灰色の船も首都にいる。この絶望的な状況を打破するには、保険として手に入れた『あれ』を使うしかないだろう。


 国王は国防大臣に目を向けると、棘が刺すような強い口調で命令を発する。


「ヴィレオ、宝珠を持ってこい。それと、アーペプを起こすぞ」

「……正気ですか、陛下」

「ラナーの記憶が戻ったのだ、これ以上奴らの調略をしようとしても無駄だろう。おまけに、ラナーや灰色の船がいる以上、ジンは双方の支援という名目で積極介入を続けるだろう。ならば、灰色の船を排除し、ラナーを閉じ込めるしかあるまい。アーペプの力を見れば、国民とて恐怖に慄く。奴隷の収入が断たれようとも、我々王族の支配も確固たるものにできる。損切上等、いや、利益にできる」

「そう、ですか……」


 国務大臣は国王の正気を疑ったが、国王はもはやこれしか手が無いと思っているらしい。わかりましたと言いつつ頭を軽く下げ一礼すると、会議室を出た。


 これまでの支配体制は混乱するだろうが、それは立て直せる。ここまで国を混乱させている以上、通常の統治では収拾がつかなくなるのは目に見えている。


 ならば、強硬手段に訴えるのも1つの手だ。ジンの介入の窓口となっている灰色の船さえ排除すれば、ラナーの活動は抑え込めるし、彼女の思想に染まった国民への牽制もできる。他民族をなるべく排除したアモイ国民で構成される軍隊は反乱を起こされる可能性もあるが、アーペプの力を以てすれば、彼らへの支配の象徴にもできる。


 それをしなかったのは、国民が自主的に国を形作っているという世論が必要だったからだが、アーペプを手に入れたことでその必要は薄まっていた。あの宝珠の力により、王族は強大な力を手に入れることができたのだ。


 ならば、以前のような強大な王族に率いられたアモイを造り直せる。その好機と見た国王は、ここで力を使うことに決めたのだった。


  *


 首都ダーリャの上空では、リアとルイナの戦いが繰り広げられていた。


 空飛ぶ靴で飛行するリアと、スリット入りのスカートから魔力を放出し飛行するルイナ。双方共に魔力の消費量は激しいが、それでも相手を打ち負かさなければならない理由があった。


「ルイナはいつだってそうだよ! 人間は守る価値がないとか、ジンが統治すべきとか! そんなのセーランの言葉に反するじゃないか!」

「それでよろしいのではありませんかしら? セーラン亡き世界など、もはやクズと化した人間たちの溜まり場でしかございません。この世には為政者が必要なのでございます」


 リアはルイナに急接近すると、腕からツタを伸ばして彼女を絡めとろうとするが、ルイナが毒素の霧を発生させて目くらましを行いつつ、ツタを汚染してリアに反撃。リアの方はすぐさま霧から離れて降下し、少し離れた距離で旋回して相手の様子をうかがう。


 すると、ルイナが毒霧の中から汚泥の塊を乱射。リアは防御魔法陣で防ぐが、その間にルイナが背後へと回り込むのを察知していた。


「世界の為政者なんていらないよ! 彼らは自由であるべきなんだ!」

「ならば、あのアカリという子は自由だったのでございましょうか? 他の奴隷の子はどうでございましょう? その状態を見過ごすなど、あなた様のエゴではございませんか?」

「だからこそ、ぼくたちだって努力してるんだ! 何度も政府に直訴したり、時には恫喝まがいなことまでやったさ!」

「それで門前払いされてハイそうですかとお帰りになられるようでは、何もなさらないのと一緒でございますわ」


 リアは背後へ回り込んだルイナに防御魔法陣を向けるが、それは無駄なことだと気づいた。ルイナは回り込む際にも毒霧を発生させており、上空の風に乗ってリアのところまで流れてくる。


「く……けほ、けほっ!」

「例え強大な魔力を持つジンといえど、感覚は人間と同じでございます。メンタルも人間に近いとなれば、わたくしたちが上に立ってもよろしいのではありませんか? わたくしたちジンとて、人間なのでございます」

「そんなことは……ないんだよ……」


 リアは全身から水を発生させて毒霧を振り払うが、ルイナは次の攻撃準備を既に終えていた。


 ルイナは手のひらをリアに向け、膨大な量の魔力をそこへ集めていた。ジンでも戦闘力の低いリアでは、既に回避できない位置取りだった。


「では、2週間ほどお眠りくださいませ」

「そんな……!」


 リアは目を見開き、己の敗北を悟った。


 今までルイナに勝ったことはないが、それでも今回は勝たなければならなかった。他のジンもいない今、彼女を止められるのはリアだけだ。


 しかし、下の街から突然発生した異質な魔力の鼓動は、リアとルイナの動きを否応なしに止めた。


「……ちっ」

「感じたかい?」

「もちろんでございます。」


 ルイナは舌打ちをしながらも、収束させた魔力を周囲へ放出した。リアも霧を完全に振り払い、数千メートル下に見える街並みに目を向ける。


「まさか、バベルの宝珠がエルフに使われるなんて……」

「それだけではございません。ドラゴンともダイモンとも取れる魔力まで付いております」

「一体、何が起こってるんだ……いや、とにかくルイナもついて来て!」

「幼女様……おっと、エリアガルド様の指図がなくとも、直ちに」

「もう、君は全く……」


 屈託のない笑みを見せながら毒を吐くルイナに呆れながらも、リアはルイナと共に街へ向かった。


 バベルの宝珠が人間に使われている。それが何を意味するかは理解が及ぶところではないが、それでも宝珠に関わる出来事は全て阻止しなければならないのだから。

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