359話 真に想う心
出港を明日に控えた昼間のこと、アメリアは邦人村にあるダリア郷土料理のレストランへとやって来ていた。
目的は、ここで一時的にアルバイトをしているという父、レセルド・フォレスタルとの面会。出発する前に、どうしても話をしておきたかったのだ。
レセルドが仕事を終えるタイミングを見計らい、社員用の裏口から中に入り、ロッカーに囲まれ1畳もないような狭苦しい室内で少しの間待っていた。
油の臭いを漂わせるレセルドは、更衣室にアメリアの姿があったことに驚きはしたものの、すぐに普段通りの優しくも礼儀正しい彼の姿へと戻る。
「アメリアか。何の用だ?」
「お父さん、その……せっかっく会えたのは嬉しいけど、私もヤザワさんたちと一緒に、レンに行くことになったから……」
「ああ、そうか……」
レセルドはアメリアから目を逸らすと、自分のロッカーを開けて普段着に着替え始める。その間も、アメリアはどこか居たたまれない気分を抱えながら、父が何か言うのを待っていた。
自分の娘が戦いに行くというのに、何も言うことはないのか。それとも、エルフに奴隷として使われる毎日の中で、自分への興味を失ってしまったのか。
レセルドが着替え終わる頃、アメリアは意を決して問いかけることにした。
「えっと、なんで何も言わないんですか? 私、戦いに行くんですけど……」
「わかっているが、わざわざ止める理由はあるか?」
「えっと、え……?」
レセルドがアメリアの目をじっと見つめる。彼の綺麗なバイオレットの瞳は何を物語っているのかわからなかったが、飛び出してきた言葉は確かに意外なものだった。
「私は反対しないよ。アメリアが彼らに協力したいと思うのなら、そうすればいい。アメリアの人生なんだ、悔いのないように生きるべきだと、私は思うがね。私は人生でも大事な時を数年も失った。君にはそんな思いをしてほしくない」
「お父さん……はい。ありがとうございます」
アメリアは涙を浮かべながら、レセルドに小さく頭を下げた。
ちゃんと考えてくれている。お父さんは、確かに自分を見てくれている。そう思えた。
だが、レセルドは付け加える。
「もちろん、心配はしている。マオレンは冷酷な種族とも耳にした。そんなところにアメリアを送り出すのは、正直怖い。それでも、アメリアが望むというのなら、私にできるのは応援することだけだろう。あの人たちには借りもある」
「そう……ですか」
「私だって君の親なんだ。子供の心配をしない親がいるのかい?」
「まだ私には、よくわからないです。けど、それなら……」
アメリアは瀬里奈のことを口にしようとして、ハッとして口を閉じる。
自分は無責任に瀬里奈を戦場へ送り出そうとしていた。レセルドの言葉は紛れもない真実で、瀬里奈にも間違いなく「心配してくれる誰か」がいるのだから。
そして、それは自衛隊員たちであり、今も行方不明になっているという彼女の父親でもあるのだろう。
あの時、銀が口を出さずに瀬里奈と話し合いを進めていれば、いずれ自分は瀬里奈に戦うことを勧めようとしていただろう。
だが、それは瀬里奈が他人であるという前提の上にあったのかもしれない。そのせいで、どこか瀬里奈のことは自分には関係ないから、勝手にさせておけばいい、という思いを無意識に持っていたのかもしれない。
一方で、父はそうではなかった。これから自分の娘が向かうところは、とても危険な場所かもしれない。死ぬかもしれないし、自分と同じように奴隷にされてしまう可能性だってある。
それでも送り出すのは、アメリアの意思を大事にしたいという思いが本当に強いからなのかもしれない。そして、その決断をアメリアに伝えることは、とても勇気がいることだと思う。
全部自分の推測でしかないけれど、同じ結論に達していたとしても、父の想いは本物だった。
アメリアはうるうると涙を浮かべながら、改めて父親に相対する。
「お父さん、私のことを育ててくれてありがとうございます。お父さんの娘で、本当によかった」
「急に何を言い出すんだか。その言葉は嫁入りまでに取っておいてほしかったな」
「えっと、嫁入りですか……」
口元にそっと笑みを浮かべた父の軽口に、アメリアは不意を衝かれて困惑する。
嫁入りと言っても、自分にはその候補はいない。というより、いるにはいるにしても、言ってしまえば今度は父の逆鱗に触れそうな気がした。
「冗談だ。アメリアが生きていれば何だっていい。だから、生きて帰ってこい」
「えっと……はい」
アメリアは大きく頷くと、改めて父の顔を目に焼き付ける。
未だに栄養不足が祟ったのかやせ細っている一方で、面影はエルフに連れ去られる前のまま。そんな父を見ていると、心なしかとても安心できた。
戦いは終わらない。いや、生きることは戦うことだ。戦うことで誰かの生きる道を切り開く彼らと共にあることを、アメリアは選択した。
心配していたが、決心はついた。父との時間も大事だが、それよりも「自分が信じるもの」との時間を大事にしたいと、アメリアはただ願っていた。
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