360話 まだ見ぬ地へ

 使えるものは全て使う。ダリアの支援やジンの協力、そして今存在している全ての武装。これら全てが、日本へ帰るための、そして、拉致被害者を全員取り戻すための資産となるのだ。


 雨季が迫るダリア南部の邦人村から、護衛艦『あおば』以下4隻の艦艇がレン帝国に向けて出航することになった。


 イージス護衛艦、情報収集艦、航空偵察艦、そして航空機搭載艦。航空戦力は戦闘機、戦闘ヘリ、対潜哨戒ヘリが1機ずつ、無人偵察機がおよそ25機分。人員は予備を含めた自衛官やフランドル騎士団の傭兵、邦人の有志協力者も含めると1000名程度が乗り込んでいる。


 決して戦争のためではない、救うべき人々を助けるための艦隊。朝日を浴びながら桟橋に停泊する4隻の船を眺める矢沢は、どこか感慨深い思いを抱えていた。


 すると、ロッタが隣にやって来て、矢沢に軽口を叩く。


「よくもまあ、我々からこれだけの戦力を取っていったものだな」

「我々が動いていなければ、君はまだゲリラとして野山を駆け巡っていたかもしれない。それを考えれば、これくらいの見返りはあってもいいだろう。それに、拠点として虎の子の護衛艦や福祉に使える客船も貸しているんだ。大目に見てくれ」


 悪意はないとわかっているので、矢沢もそれなりの対応ができる。ダリア、もといロッタとの絆に感謝しながら、矢沢はクスクスと笑っていた。


 一方、ロッタは煮え切らないような難しい表情を作っている。


「あの平たい巨大艦のことか。だが、動かないのだろう?」

「いや、グリフォンに対する攻撃力は今も健在だ。あおばほどの防空能力はないが、携行SAMと合わせれば比類ない防御力を発揮できるだろう。地上の敵やドラゴンにはパンツァーファウストを使うといい」

「あの肩にかける巨大なロッドか。一度アセシオンとの演習でメリアに撃ったが、効果はなかったぞ」

「む、冗談だろう……」


 ロッタの抗議に近い愚痴に、矢沢は冷や汗をかいてしまっていた。


 メリアといえば、アセシオンが誇るジン、もといドラゴンだ。AH-1Zを苦しめた飛行型ドラゴンだったが、最終的にはヘルファイア対戦車ミサイルの一斉発射で倒され、拘束することに成功している。


 だとすれば、ドラゴンは少なくとも最新世代の戦車の正面装甲並の防御力を有していることになる。強力な魔法を行使するばかりか、物理的な防御力まで高いとなれば、この世界の人間たちが恐れるのも無理はない。


「パンツァーファウストの貫通力はRHA換算で700mm、ヘルファイアは850mmと聞いている。あのドラゴンが規格外すぎるだけだろう」

「だろうな。あの強さはどうしようもない」


 矢沢、ロッタ共に、ドラゴンの強さには呆れるばかりだった。


 神の祝福を受けた生物。どこまで規格外なのか。そして、その神すら倒すようなダイモンという存在は、どれほどの強さを持っているのだろうか。


 日本に戻るためには、必ず対峙しなければならない存在。異世界の人々と交流を含め、この世界を知ることで、解決の糸口は見えてくるのだろうか。


 いずれにしても、問題は山積している。その1つ1つを潰していくだけだ。


「おい、ヤザワ。少し聞きたいことがある」

「ん、どうした」


 いつの間にか思考を巡らせていた矢沢を、ロッタが見透かしていたかのように問いかける。


「我はお前たちに期待している。アセシオンやダリアに限らず、他の国でもバベルの宝珠が見つかるようになった。これがダイモンの活動の痕跡だとすれば、もはや我らだけの問題ではない。その時は、お前たちの力を借りたいとも思っている。その時、手を貸してくれるか?」

「もちろんだ。この世界には世話になっている。少しばかり、力を貸してもバチは当たらないだろう」

「そうか、安心したぞ。それとだな、お前たちの武器を外でも使いたいのだが、それはダメか?」

「さすがにダメだな。間違いなく国際問題になる。邦人村の外でも使いたいのなら、日本に来て交渉するしかない」

「全く、わかった。武運を祈る」

「ありがとう。そちらも元気で」


 ロッタは不敵な笑みを投げかけると、邦人村の商店街へと歩いていく。


 その際、後ろを向きながら手を振るのを忘れてはいなかった。


 ロッタはロッタで、ダリアの国家元首として迫り来る問題に対処している。ならば、こちらも負けないよう努力すべきだろう。


 朝日はいつも昇り続ける。時間は待ってはくれないのだから。


  *


「これより、我が艦はレン帝国領西岸、ミンシェイ諸島に向けて出航する。錨上げ」

「錨上げ。出港用意!」


 艦橋では出港に向けた準備が次々と進み、慌ただしい様相を呈してくる。


 船体から舫が解かれ、ガスタービン機関が本格稼働を開始。発電された電気によってスクリューを駆動し、少しずつ岸から離れて前進していく。


 これから待つのは未知の大地。今までもそうだったが、この深い青に輝く海の向こうには何が待っているのだろうか、という恐怖感にも高揚感にも似た、不思議な感情を抱く。


 できれば、この気分が絶望に変わらなければいいのだが。


 矢沢は艦長席から海を眺めながら、まだ見ぬ世界に思いを馳せていた。

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