96話 脱出

「ガルベスくん!?」

「見たか姉さん、オレだってやれるんだ!」


 ガルベスは高機動車に残るアメリアに不敵な笑みを投げかけた。

 半月前に村を出たアメリア。彼女の強さは村でも群を抜いていた。そんな彼女にもう1度会いたい。認めてもらいたい。そんな感情がその表情に溢れ出ていた。


「この野郎、やりやがったな!」

「クソガキめ!」


 だが、敵のど真ん中に降りたガルベスは、すぐさま敵兵士たちに取り囲まれて成すすべもなくボコボコにされていた。


 所詮は村の守護者すら経験していない子供でしかなく、取り囲まれて足蹴にされるまでに反撃らしい反撃は全くできていなかった。


「何をしに来たんだ、あいつは」

「ふふ、若気の至りね」


 呆れるロッタの背後では、フロランスがのんきにクスクスと笑っていた。アメリアの行動で他人に迷惑をかけた話をしていた時に、今度は目の前で同じようなことが展開されることもそうあるまい。


「そんな、ガルベスくん!」


 当然ながら、アメリアは大慌てでガルベスを助けに行く。高機動車を降り、光の剣を召喚して敵兵たちの眼前に躍り出る。


「な……!」


 アメリアの横薙ぎで、2人の兵士が瞬く間に切り捨てられる。更にアメリアは1歩踏み込むと、その場で刃を外に向けながら1回転し、周囲の兵士を切り払った。


「この子は私の友人です。手を出さないでください」

「……っ」


 アメリアは最後に残った若い青年兵士の喉先に光の剣を突きつけ、目を見開いて凄む。圧倒的な魔力を湛えた彼女の威圧感に負け、青年兵士は剣を落として頭に手を乗せた。


「アメリア……姉さん」

「村長さんにも言われたじゃないですか。ガルベスくんはまだ未熟だって」


 先の威圧とは一転し、アメリアはガルベスに笑顔を向ける。


「はは……やっぱり姉さんは強いや」


 その場でへたり込んでいたガルベスは体を起こそうとするが、体中を殴られた痛みで思うように立ち上がれない。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃねえかも」


 アメリアがガルベスに手を貸し、ゆっくりと助け起こす。それから武装解除した青年兵士を威圧した。


「これ以上戦う気はありません。早く駐屯地へ引き返してください」

「……わかった」

「アメリア、今すぐ戻れ。車の修理が終了した」


 そこに矢沢が声をかけ、アメリアを呼んだ。アメリアが戦っている間にフロランスが魔法で高機動車の修理を行っていたらしい。


 だが、それでも敵は待ってはくれない。次々に敵が集まり始めていた。高機動車を挟み撃ちにするように、通りの前後から小隊規模の部隊が迫ってくる。


「くそったれ、挟まれちまった!」

『問題ありません。残ったヘルファイアで前方を攻撃します』


 愛崎の悪態を通信機が拾ったのか、萩本がそれに応答する。SH-60Kは高度を上げ、機体右側に装備されたヘルファイア対戦車ミサイルを投射した。

 ミサイルはレーザー誘導に従って飛翔し、高機動車の上を飛び越えて前を塞ぐ部隊のど真ん中に着弾、爆発音と共に悲鳴がその場に轟いた。


「今だ、来い!」

「はい!」

「うわっ、姉さん!?」


 ロッタが叫ぶと、アメリアはガルベスを抱えて高機動車に飛び乗った。それを確認すると、愛崎はアクセルを踏み込んで爆撃跡を強引にすり抜けた。


「はぁ、何とか助かった。ありがとう、アメリアちゃん」

「お手柄だ、アメリア。また我々を救ってくれたな」

「あ、いえ……」


 愛崎と矢沢がアメリアに礼を言うが、当の本人はばつが悪そうに目を逸らすだけだった。


「それより、ガルベスくんはなぜここに?」

「あったり前だろ! 姉さんを助けに来たんだ! それなのに、こいつらはオレを置いてけぼりにしやがったんだ!」

「ああ、すまない。やはり危険だと思ったのでな」


 矢沢は苦笑いしながら言う。やはり戦闘経験がない者を危険な場所に連れ出すことはできず、何も言わずに艦を出ていったのだ。

 それは逆効果だったと今回のことで知らしめられた。この少年は瀬里奈と同じで頑固者だ。


「でも、結果オーライだからいいんじゃないかしら?」

「そんなわけにはいかない。部隊を危険にさらす行為は控えてほしい」

「あ……そ、そうですよね」


 矢沢はガルベスに言ったつもりだったが、今回のことを引きずっているらしいアメリアが俯いてしまう。


「ま、ええやんか。許したりーな。うちも許したる!」

「えっと、ありがとうございます。セリナちゃんにも迷惑をかけちゃって、本当にごめんなさい」

「だから謝らんでええって!」


 高機動車の座席に座りながら頭を下げるアメリアを、瀬里奈は笑って許した。今回の拉致騒動は、瀬里奈にとってはその程度の事件で済んだのだ。


 だが、瀬里奈はすぐに矢沢の方へ向き直る。それも青筋を立てながら。


「おっちゃん、何ですぐ助けに来なかったん!?」

「万全を期して、ヘリでの援護ができるよう時間をかけた。フロランスを同行者に指定されたせいで燃料の移送に遅れが出てしまったのが原因だ」

「なんやねんそれ……もう臭い飯はごめんやわ」

「ふふっ……はははは。臭い飯だなんて言葉、どこで覚えたんだ?」


 疲れが出たらしい瀬里奈は足を投げ出して呆れながら言うが、愛崎は瀬里奈が使った言葉に反応して笑い出してしまう。それにつられてロッタやフロランスも笑い出す始末だ。


 高機動車は無事に街を脱出し、追撃に出てきたグリフォン数体も、1体を高機動車に搭載していた91式地対空ミサイルで撃墜すると慌てて都市部へと退避していった。


 ラフィーネ攻防戦は自衛隊側の勝利。だが、矢沢にはまだ懸案事項が残っていた。

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