278話 友達

 陽光が溢れる暁の空、矢沢は3週間ぶりに太陽を浴びた。

 50年以上もの時を生きた矢沢でさえ、これほどまでに太陽の光を有難がったことはない。自らの意思で行動し、太陽の光を浴びることがここまで気持ちのいいことだとは知らなかった。

 これも波照間やあおばの乗組員たち、そしてアメリアと銀、フランドル騎士団の参加者たちのお陰だ。


 彼らには感謝しかない。不可能だと思えるような作戦を可能にし、矢沢とラナーを救ってみせた。


 しかし、気がかりはアメリアのことだった。彼女は自分を助けることはともかく、ラナーを助けることに関してはどう思っていたのだろうか。


 ラナーはエルフ、それもアメリアの父を拉致した事件に関わっている。そのような人物を助けることに抵抗はなかったのだろうか。


 ラナーが落ち着き、矢沢自身も体力が回復した頃合いを狙い、矢沢は波照間の元を訪れることにした。ベル・ドワールの上甲板から1つ下のフロアに降り、女性用の居住区のドアを叩く。


「私だ、矢沢だ。アメリアはいるか?」

「あっ、はーい」


 アメリアはすぐに返事をよこすと、普段通りに軽くドアを開ける。


「ヤザワさん、どうかしたんですか?」

「いや、少し様子を見に来ただけだ」

「そうだったんですね。ありがとうございます。でも、私は普段通りです。ちょっと臭いがついちゃってるのは事実ですけど……」


 そう言いつつ、アメリアは顔色を曇らせながら目を逸らした。矢沢もあの猛烈に臭い下水に潜ったのであまり気にはしていなかったが、やはりアメリアとしては気にしていたようだ。


 確かに動物性愛者ではあるが、それを除けば普通の女の子だ。臭いを気にするのは普通だと納得し、落ち着いて話ができる場所に移動しようと誘おうとする。


「心配せずとも、少し経てば臭いも落ちるだろう。これからトレーニングがてらに甲板を歩こうと思っているのだが、付き合ってはくれないか?」

「あ、はい。いいですよ」


 アメリアはニコリと可愛らしく微笑み、矢沢の提案を了承してくれる。変に気取ることもなく、だからと言って陰気なわけでもない。そういう誠実なアメリアのことを、矢沢は娘と付き合うような感覚で見ていた。


 だからだろうか。アメリアのことが心配になったのは。


 すると、横から不意に声をかけられる。


「あ、ネモさん、どうしたの? まさかとは思うけど、女の子をナンパしに来た?」

「はぁ、ナンパなわけがないだろう……」


 ラナーだった。矢沢のアドバイスですっかり元の調子を戻したらしい彼女は、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべていた。


 だが、気になるのはラナーではなくアメリアの方だった。その場に現れたラナーに対して嫌悪感を抱いていないか、それが気がかりだ。


 しかし、矢沢の予想に反して、アメリアの顔に怒りや憎しみといった感情は浮かんではいなかった。ただ呆れて口を挟むくらいだ。


「もう、ヤザワさんはそんなことしません。スガノさんやアオキさんはするかもしれませんけど……」

「スガ? アオ?」

「あ、いえ、こちらの話です」


 アメリアは隊員たちの名前を挙げるが、すぐにラナーが知らないとわかると口に手を当てて苦し紛れに苦笑いした。


 救出されてから数日しか経っていないが、いつの間に仲良くなったのだろうか。矢沢は少し聞いてみることにした。


「アメリア、いつの間にラナーと仲良くなったんだ?」

「え? あー、成り行きって感じですかね」

「そうそう。アメリアちゃんってば優しいんだからぁ」

「ちょっと、やめてくださいってば……」


 アメリアが少ししんみりした様子で言うなり、ラナーがアメリアに後ろから抱き着いて頬をつつき始めた。さすがに嫌がったのかアメリアは振り払うが、それでもラナーはアメリアにしがみつき続けた。


 一見すれば、関係はかなりいいようだ。不安が募っていた矢沢はほっと一息つく。


「思ったより大丈夫そうでよかった。心配だったんだ、私がラナーも助けると決めた時に、アメリアは快く思っていないのではないか、とな」

「確かに、あの砂漠で会った時はまだ憎いと思ってました。ですが、仲間に捕らえられて、あんな風になるまで痛めつけられて……かわいそうっていうか、情が湧いたのかもしれません。この子も私と同じなのかな、って」

「決して同じではない。ラナーは自分自身の正義に従ったからこうなった。君のように突然降りかかった悲劇を経験したわけではない」

「何それ、まるであたしが詐欺に引っかかったのは自業自得って言ってるみたいじゃない?」


 矢沢の弁に、ラナーは眉をひそめて頬を膨らませた。


 確かに、ラナー自身はあの国を変えたいと思ってはいたが、矢沢と出会ったのはほとんど事故のようなものだ。その後の決定がラナーの意思だったとしても、そこは覆せない。


「はは、すまない。そういうつもりで言ったわけではないのだが」

「知ってる。ネモさん優しいし?」


 からかっただけだったのか、ラナーはクスクスと笑う。元の調子に戻ったどころか、ますます元気になっている気がしないでもなかった。


 ですけど、とアメリアはラナーの笑い声を遮って続ける。


「私、確かにエルフのことはまだ恨んでます。でも、復讐のために動くのはいけないことだって学びました。復讐に生きたって、何もいいことはないんです。それなら、せめてラナーさんとだけでも、仲良くなれたらなって……」

「もー、さん付けはやめてよね。ラナーでいいわよ。それともルル・ラナーって呼ぶ?」

「あはは……では、その……ラナー」

「そう、それでよろしい。じゃ、今後もよろしくね、アメリアちゃん」

「は、はい」


 アメリアは若干戸惑っていたものの、ラナーの勢いに押されて苦笑いする。


 心配は全くの杞憂だったようだ。矢沢は握手を交わす2人を傍で眺めつつ、その場を去った。

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