364話 読心少女

 現在の地球では、日本から欧州へ渡るには飛行機を使う。成田からヒースローへはそれこそ半日かければ到着する。


 しかし、この世界に長距離を移動できるような国際線用旅客機などあるわけがなく、どうしても船旅を強いられる。ダリアからレンまでは大陸丸ごと1つを迂回して南極に近い航路を進む必要があったために、1ヶ月以上も時間をかけるハメになった。


 ダリアと国交を回復した国々に寄港し、途中で演習などを挟みつつ、なるべく高速を発揮しながらの船旅。たまに催し物を開催するなど士気の維持に努めたことで乗員たちの士気は一応保ててはいるものの、それでも長旅が続けば限界は来るだろう。


 だからこそ、レン帝国の領土である陸地が見えた時には多くの乗員が喜びの声を上げた。もちろん上陸などできるわけがないのだが。


 既に陸との通信で先方の様子はわかっている。衛生科の隊員3名が軽い流行り病にかかっているとのことだったが、命に別状はない。そして、レン政府側との交渉はリアが済ませてくれたらしく、領内の無害通過と沿岸への投錨が認められていることもわかっていた。


 艦隊は合流地点にほど近い海岸に投錨し、迎えが来るまで待機していた。それから迎えであるジンの少女がやって来るまで半日待つことになったが、これも想定通りだ。


 迎えの接近をレーダーで探知すると、矢沢と上陸メンバーの数名とSH-60Kが飛行甲板に出て待機する。


 全身紺色で固めたジンの服装に身を包んだ迎えの少女は、黄金色の長髪をなびかせながら降下してくる。特徴的だったのは、サーフボードに似た大きな板の上に乗っていることだった。


「よっと」


 少女は黒地に金色の幾何学模様が描かれたボードから降りると、何も迷うことなく矢沢の方へ目をやる。


「そうか、君が艦長さんだね」

「あ、ああ」


 ほうほう、と金髪の少女は矢沢をしばらく興味深そうに眺めていた。多少は後ろにいる隊員たちにも目をやったものの、すぐに興味を失くしたのか矢沢に向き直る。


「うちはパラミティーズ、長いからパロムって呼んでくれて構わないからね。話は聞いてるから、早く行こうね」

「……そうさせてもらおう」


 矢沢は必要最低限の会話しか交わさなかった少女に不思議な感覚を覚えつつ、発艦準備を進めるヘリに搭乗する。上陸班の隊員たちも一様にパロムと名乗った少女のことでひそひそと内緒話をしていたが、その気持ちもわかる。


 一方、パロムはヘリの座席についてシートベルトを着けつつ、目を閉じて深呼吸を始める。


 ヘリを見るのは初めてのはずだが、シートベルトを見ただけで直ちに構造を理解し、それを正しく装着。前提知識があるのは明らかで、少しばかり矢沢を当惑させる。


「シートベルトの使い方、よくわかったな」

「このくらいはわかるんだよね。互いのことは知っておいた方がやりやすいからね」

「そういうものか」


 飄々と語るパロムに、矢沢は何度か頷く。


 実物がないとはいえ、事前に衛生科の隊員たちから話を聞くこともできただろう。そこまで事前に考えていたとすれば、この少女はかなり几帳面な性格なのかもしれない。


「別に几帳面っていうわけでもないけどね。どっちかというと、先回りしたくなるタイプなんだよね」

「先回り……いや、それより、なぜ私の考えを読めたんだ」

「そういうのもわかるんだよね。読心術みたいな感じでね」

「ふむ、覚妖怪みたいなものか」

「妖怪扱いは心外なんだよね。取って食べたりはしないからね」

「わかった。信じよう」


 考えていたことを読まれ、先回りされる。奇妙な感覚を覚えながらも、矢沢は心を落ち着けることにした。


 パロムは矢沢から他の隊員たちに目を向け、じっと様子を伺っていた。隊員たちから話しかけられても適当な相槌しか返さず、少しばかりぎこちない空気が機内に漂っていた。


  *


 パロムも摂理の目が使えるらしく、コクピットを背にする位置に座っていても的確にパイロットの萩本へ飛行経路を教え、ヘリはその通りに飛行していく。


 レンの沿岸は鬱蒼とした森が広がるダリアやアセシオン、砂漠地帯のアモイとは違い、小規模の林が点在する草地が広がっていた。


 日本ではまず見ることがない景色を眺めつつ、日本はどうなっているのかと考えを巡らせる。


 20世紀は戦乱の世紀だった。そして、21世紀になってからもそれは変わらない。こうして得体の知れない少女と席を共にして平原を移動している間も、日本では何か恐ろしいことが起こっていたりしないか。そのような考えが浮かんでくる。


 世界から切り離されて、もうすぐ1年が経とうとしている。安全保障環境などすぐさま激変するもので、『あおば』が消える直前にはドラゴンが出現し、2隻の主力級護衛艦が姿を消したことで、少なくとも日本が混乱に陥っていることは確かだ。


 本来ならば、今頃はインド洋でのマラバール演習や各種任務どころかリムパック演習さえ終わらせて、本来の配備先である佐世保へと移動することになっていたというのに。


「日本のことが心配なんだね?」

「む……ああ、そうだ」


 不意を衝かれた矢沢は、慌ててパロムの方に目を遣る。すると、パロムは小さく口角を上げた。


「向こうで何が起こっているかは、もちろんわからないよね。だからこそ、戻った時は受け入れる用意をしておくのがいいね。あおばがこの世界に飛ばされたのは、艦長さんたちのせいじゃないからね」

「だが……」

「受け入れた上で、何か問題があるのなら解決に徹するだけだよね。大丈夫、司令部や政府も納得してくれるはずだからね」

「そんなことはありえない。私は今まで何度も規則を破っている」

「それはコッチに来てからだよね? いや、それだけじゃないね。向こうで何か悪いことが起こっているなら、補給を絶たれてもずっと艦を維持してきた手腕を持った艦長さんを簡単には更迭できないだろうしね。むしろ、隠蔽して英雄に祭り上げたりするんじゃない? マスード将軍とか、キエフの幽霊みたいにね」

「そんなところまで知っているのか……」


 次々にパロムの口から飛び出してくる地球の知識。極めて豊富な知識量に、矢沢も舌を巻いていた。


 マスード将軍といえば、80年代のソ連のアフガン侵攻で活躍した将軍であり、キエフの幽霊は4年前のウクライナ戦争の初期に現れた正体不明のエースパイロットのことだ。


 心を読めるとはいえ、そうとは思えないほどにパロムの知識量は凄まじい。どこまで隊員たちから地球の話を絞り出したのか。


「要するに、今は心配するだけ無駄、っていうことだからね。艦長さんは拉致被害者を解放して、日本に帰ることだけを考えていればそれでいいと思うね」

「……ああ、そうだな」


 とはいえ、パロムの言うことは正しい。矢沢が考えるべきは、日本に戻った後のことではなく、戻るためにできることだ。


 やがて、ヘリはパロムの家へと到着した。『あおば』が停泊している場所から10分程度の距離にある小高い丘の上で、北の方には巨大な都市が視認できた。


 ここからレン帝国での作戦行動が始まる。まずはドラゴンの調査結果と偵察情報を聞くことが優先だ。矢沢は気を引き締め、着陸に備えた。

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