365話 懐かしき我が家のような
「まずは歓迎しないとね。ようこそ、うちの家へ」
パロムは腕を軽く広げながら首を少しばかり傾げ、外見に違わない少女のような態度で歓迎の意を表した。
家はアセシオンのハイノール島で見かけたような白い漆喰で覆われた2階建ての一軒家で、屋根は現代日本家屋風の瓦葺きとなっている。
日本の雰囲気に似た現代家屋を見られるとは思っていなかったのか、同行した上陸班の大宮や環は感嘆の声を上げた。
「マジか、すごいなこりゃ……」
「ここで日本の家を見れるなんてね……」
2人の意見はもっともで、矢沢自身も懐かしさと感動がこみ上げてきて、思わず息を呑む。
「いい反応をありがとうね。艦長さんたちが気に入るかなと思って、外見を改造したんだよね」
「へえ、すごいじゃん」
「せっかくの異世界からのお客様だし、歓迎はしないとね」
ふふ、とパロムが微笑む。得体の知れない少女だと矢沢は思っていたが、ただ歓迎のために家を改造するなど手が込んでいる。どうやら気が利いた性格ではあるらしい。
「さ、遠慮しないで上がってよね」
「ああ。お邪魔しよう」
パロムに促され、玄関ドアを開けて入室。すると、新しいペンキの香りが矢沢の鼻をくすぐる。
内部も現代日本とかなり雰囲気が近い。さすがに電化製品は存在しないものの、真っ白な壁紙にシックな明るい木製の家具、そしてフワフワのカーペット。それに、玄関は靴を脱いで上がる仕様になっており、ことさら日本らしさを演出している。広さも20畳以上あり、1部屋でリビングダイニングとキッチンが配置されているところも現代的だ。
矢沢は行き届いたおもてなしだと思う一方、大宮は目頭を押さえ、涙をこらえていた。
「ううっ……俺の家、そっくりだ……」
「菱川の家を参考にさせてもらったんだけど、大宮に刺さってくれてよかったね。それでこそやった甲斐があったってものだよね」
「おおう……っ」
「大宮2曹、ハンカチどうぞ」
もはや涙をこらえきれなくなった大宮に、環が自身のハンカチを貸した。大宮は一度頷いただけで何も言わず、頬に溢れ出た雫を拭う。
すると、奥の下へ続く階段からドタドタと騒がしい足音が響いてくる。何かと思って目をやると、チェック柄のメイド服のような恰好をした少女が駆け下りてくる。
「にゃにゃ! お客様、いらっしゃいませですにゃ!」
「あ、ああ……」
あまりに早過ぎる勢いで迫ってきたので、矢沢と環は困惑するばかりだったが、そんなこともお構いなしに少女は深々とお辞儀し、満面の営業スマイルを浮かべてしっかりとあいさつをこなす。
矢沢は猫耳の少女に不思議な感覚を覚えていたが、そこに下の階から佐藤がひょっこりと現れる。申し訳なさそうに頭を低くして玄関までやって来た。
「お久しぶりです、艦長。大宮、環くん、元気そうでよかった」
「ああ。ご苦労だった」
「ううっ、くっ……」
「佐藤2曹もお元気そうで何よりです」
矢沢は佐藤を労い、環も姿勢を正して返答する中、大宮は嗚咽で返すにとどめた。
「久しぶりの対面中に悪いけど、そろそろ上がろうよね。お茶淹れてくるからね」
「おっと、すまない」
「私が淹れてきます」
「環ちゃんはお客様だし、ここはうちらの顔を立てさせてね。艦長さん、あっちのリビングで待っててくれると嬉しいね」
「はい。恐縮です」
パロムの声に慌てて環が反応し、尻のポケットからメモ帳を取り出すも、当のパロムからやんわりと制止される。悲しいかな、これも先任にコーヒーを出すよう教育される下っ端自衛官の性か。
パロムと猫耳少女がお茶を淹れに行ったところで、矢沢らは促された通りにリビングへ移動。合成皮革に似た手触りと見た目の白いソファに着席しつつ、お茶を待つことにした。
*
「お隣失礼しますにゃ~」
「あ、ああ……」
どういうわけか知らないが、お茶菓子を持ってきた猫耳少女は、そのまま矢沢の隣に腰を下ろした。そこまで大きいソファでもない上に強引に割り込んできたので、先に矢沢の反対側に座っていた大宮が押し出される格好となり、少女に何か言いたげな目をしながらも環の隣へ移動するハメとなっていた。
「悪いね。その子はミル、うちで預かってる孤児なんだよね」
「はいですにゃ。ミル・テナロ・アッ=サハームですにゃ。以後お見知りおきをですにゃ」
「そこでどうして擦り寄ってくるのかがわからん……」
ミルと名乗った少女は矢沢にお辞儀をすると、嬉しそうに体を寄せた。妙に馴れ馴れしい少女に辟易しながらも、矢沢はガラステーブルを挟んで反対側、佐藤の隣に座ったパロムに目をやる。
「さて、まずは到着おめでとう。リアくんやルイナに依頼された通り、ドラゴンの死骸の調査はしておいたからね。そっちの報告をさせてもらおうかね」
「ありがとう。頼む」
矢沢が依頼すると、パロムは派遣した衛生科員の持ち物であるタブレット端末をテーブルの下から3枚取り出し、2つを大宮と矢沢に配る。
「まずは電源を入れて、パワーポイントを起動してね。D報告っていうファイルがあるから、それを開いてね」
「わかった。これか」
右腕に密着するミルという少女を煩わしく思いながらも、矢沢はタブレット端末を起動。すると、編集されたスライドが幾つか画面に表示される。
「まずは所見だけ言うけど、あのドラゴンは元々セグルトムっていう種類で、主に海中の洞窟を住処にするグループの1体だね。成長前はそこまで大きな個体でもなかったけど、バベルの宝珠の影響で体の構造が少し変わっていて、しかも戦闘に有利な形質になっていたね」
「バベルの宝珠には体を作り替える効果があることはわかっていたが、そのようなこともできるのか」
「これはうちらも知らなかった使い方なんだよね。人族がバベルの宝珠を使って魔力を取り込もうとすれば、膨大な闇に魂を肉体を破壊されるのはわかっていたけど、ドラゴンに使わせて強化させるなんてね。確かに考えてみれば、人間より強力な魔法防壁を持ったドラゴンなら、闇の影響を局限化できるね。そして、このドラゴンは理性こそ飛んではいたものの、ある程度論理的な思考はできたと思うんだよね。頭部はないから推測だけどね」
申し訳なさそうに苦笑いしながら人差し指で頬を掻くパロム。どこか得体の知れない、深いものがあると思っていたパロムにも、やはり少女らしさはあるらしい。
「確かに、暴れるだけでしかなかった地球のドラゴンよりも、こちらはビームを撃つなど、高度な知性を必要とする行動を取った。その意見には賛成だ」
「それでも理性が飛ぶっていう制御上の欠点はあったけどね。これを考慮した結果、うちらジンとしては、ある1つの結論に至ったわけだよね」
パロムは一呼吸置き、温かいお茶を一口啜る。
「バベルの宝珠には、人間を作り替える能力さえあるんじゃないか、ってね」
「作り替える……だが、そうなると体が崩壊するだろう」
「違うね。ドラゴンは体の構造こそ少し変わってはいたものの、ある程度は元の形を維持しながら強化を成し遂げていたんだよね。これを人間にも適用できれば、体の崩壊を最小限に食い止めた上で、ダイモン側の尖兵に作り替えられたりもするんじゃないか、ってね」
「それって……洗脳じゃないか」
顔色を変えた環が身を乗り出し、パロムを凝視する。当のパロムは環に頷きつつ、次の言葉を継いだ。
「一番の目的は、人間をダイモン側の尖兵として利用することだろうね。洗脳するのと同時に体を作り替えて、より実戦向きに『改良』しよう、というのがコンセプトなのかもね」
「そんな……」
「間違いなく非人道的だ。許してはおけないな」
「それだけじゃないね。バベルの宝珠はダイモンに都合のいい闇の集合体であるけど、元々は人間由来のエネルギーを使っているから、神器を扱える可能性があるんだよね。しかも、ダイモンが体系化した滅魔の魔法との併用も考え得るね」
「神器を扱う、だと……!?」
「そうだね。ダイモンの言いなりで、なおかつ神器を扱う存在。象限儀が何度も使われているのは、彼らが生み出されている証拠なのかもね。そして、時たまに起こる暴発も、何かの拍子に力の制御が上手く行かなかった時、ということになるね」
「そういうことか!」
矢沢は困惑していたが、理解はできた。
ダイモンたちは自らの手で神器を使っていたのではなく、尖兵とした人間たちに使わせていたのだ。確かに容易に考え付くようなことではあったが、その斜め上を行くような方法だ。
「うちらも盲点だったね。人間たちはジンや神を裏切ることはない、って思いこんでいたからね」
パロムの事務的な、それでいてどこか悔しげな言葉で、その場の空気が重く沈んでいくのを矢沢は感じていた。
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