366話 パロムのスタンス

「ま、これも1つの推測に過ぎないんだけどね。けど、人間の市場のあちこちでバベルの宝珠が取引されているのは事実だね。人間の中にダイモンへ協力する者がいる、っていうのはもう否定できないね」


 パロムはニコニコと愛想のいい笑顔を浮かべながらも、末恐ろしい想像を何の遠慮もなく語る。本当に問題視しているのかどうかは不明だが、少なくとも最悪を想定しているのは間違いない。


「そうだね、ドラゴンの報告はこれでいいかね。それよりも、艦長さんたちはココのことを知りたいはずだよね」

「ああ、もちろんだ」


 パロムの念押しするような問いかけに、矢沢は即答する。事実関係も取れていないただの推測よりも、大事なのは集積された一次情報だ。


「レン帝国は、その名とは乖離して実質マオレンたちの国だね。彼らの言い分だと、奴隷たちも支配しているのだから帝国だ、っていう原理らしいけどね」

「それだけじゃありません。対外的には拡張路線を取っていて、隣国であるアルトリンデやシュトラウスとも何度か小競り合いを起こしています」


 パロムの話に割り込むように、佐藤も説明に加わる。


「単純に仲間たちを取り返したいのなら、レンとどちらかを戦わせて漁夫の利を狙えばいいんだよね。アルトリンデとシュトラウスはどっちも奴隷を持ってないけど、戦わせるならシュトラウスかね。もし仮に人族が戦場に投入されても、見分けがつきやすいから救出作戦も楽だと思うね」

「戦争を引き起こす工作、か……」


 ぼそりと大宮が呟くと、自衛官たちは一様に目を伏せた。


 独占的な利益のために戦争を引き起こす行為となれば、それは自衛隊員が戦争屋に堕ちる、ということでもある。


 アモイで提案された、傭兵として戦争解決に協力する、といった話よりもさらに悪辣な行為だ。自ら戦争を起こし、多数の命を奪う直接的な原因を作り出すのだ。拉致被害者の救出という大義名分があったとしても、もはや人としての倫理観さえも否定することになる。


「やるかどうかは君たちの判断次第だけどね。マオレンもドレイクも、どっちも戦場こそが神聖な場所だと考えているんだよね。ドレイクは他の種族が立ち入ることを許さないから他種族は排除するし、マオレンも戦場に立つ自分たちこそが最高の民族だって考えてるから、奴隷を肉壁にすることもないね。合理的に考えれば、戦争誘発が一番だよね」

「だが、それでは……」

「多くの命が失われる、ってところかね。うちは問題ないと思うね。自衛隊がどう活動しようが勝手だし、その結果として戦争が起こっても、その戦争自体の処理は当事者が背負う問題だからね。うちらジンが望むのは自治だし、その程度の工作を許せば、彼らにも責任は行くことになるんだからね」

「戦争は仕掛ける方が100%悪いに決まってるんじゃないのかい?」

「その件とは別問題だね。君の話は戦争の是非を問うものだけど、うちが言ってるのは国家体制と統治の問題だよね」


 額に青筋を立てて反射的に声を上げる環に、パロムは笑顔のまま突っ込みを入れる。


 一方、矢沢はハル・ノートのことがふと思い浮かんだ。日米開戦の原因となったあの文書は、ソ連スパイの影響を強く受けている。だからと言って、今回の一件と関係するわけではないが。


「環ちゃんはウクライナ、艦長さんは太平洋戦争のことを考えているんだろうけど、まずウクライナは防衛のための努力をしていたし、あの戦争の原因は攻め込んだロシアだよね。ハル・ノートに関しても、あれは関東軍を満州から取り除くための工作だったけど、その工作を知らずに出して日米開戦っていう事態を引き起こしたアメリカにも責任はあるね。当然、ウクライナやソ連が戦争を引き起こしたことに関して悪びれることはないし、今回の話とは関係ないよね」

「そこまで言われてしまえばな……はは」


 環が悔しそうに口をつぐむ一方、矢沢は苦笑いをして誤魔化す。


 パロムの膨大な知識量と読心術には圧倒されるばかりだ。もはや魔法か何かの類ではないかと疑うばかりだ。


「もちろん、これも魔法だね。いや、ジン固有の能力、っていう感じだね。ただ思考を読み取るだけじゃなくて、その思考に紐付けられた記憶や知識も読み取れるから、すごく便利なんだよね。うちだけの固有魔法『読心』だね」

「うへぇ……マジかよ」

「こちらは声を出す必要もない、というわけか」


 矢沢がふと心に浮かべただけでも、話の内容を言い当ててしまうパロム。大宮は露骨に顔をしかめて嫌がり、矢沢は柄にもなく狼狽していた。必死に取り繕うも、パロムはクスクスと笑う。もはや彼女に対しては何も隠し立てできないどころか、安易に艦のことを考えてしまえば情報が丸裸にされてしまいかねない。


「もう遅いね。艦長さん、艦のことを考えたせいでイージスシステムの詳細が全部流れ込んできたよ」

「ああ、勘弁してくれ……」

「あはは、悪いようには使わないから安心していいからね。思考にノイズが入りやすいのが欠点だし、常に発動させている魔法でもないしね」

「にゃ……だからご主人様は嫌われるにゃ」

「反省してるから許してよね、ミルちゃん」

「イヤーにゃ」


 なるべく何も考えまいと静かにしている佐藤以外の自衛官たちとは別に、パロムとミルは夫婦漫才のような緩い漫談を繰り広げる。


 このような状態で2ヶ月以上も過ごしていたとなると、派遣した衛生科員たちの苦労は推し量れない。病気で寝込んでいるというのも、心労が祟ったのではないかと疑うほどだ。


「話が逸れちゃったね。レンは陸軍主体だから海軍は少ないし、航空戦力も持ってないね。そっちの都合はドレイクも同じ。もちろん知略も重要だけど、それ以上に腕っぷしが物を言う国。それがレンっていう国だね。外に出る時に何か問題が起これば、とにかく勝てば解決できるからね」

「要するに、それだけ野蛮な国っていうことです。特に他種族に対する差別感情は極めて激しく、奴隷は全て他種族です」

「わかった。覚えておこう」


 矢沢は表情を変えず小さく頷いたものの、この国の状態には辟易するばかりだった。話だけ聞いていると、北斗の拳の世界のようにも思えてくる。


 だが、それ以上にパロムが戦争に肯定的なのが気になった。同じジンでもリアは他人の命を奪うことに強い抵抗を覚えていたが、パロムはむしろ無益な戦争を提案してきた。


 ルイナのこともある。もしや、ジンは一枚岩ではないのだろうか。矢沢が疑問に思うのは当然のことだった。


「そうだね。ジンはもう少なくなったけど、みんな自分の考えを持ってるんだよね。その中でも、エリアガルドは特別優しい子だからね」

「では、君はそうではないと?」

「ジンが世界を統治しないなら、全部人間たちに任せたらいいんだよね。そこに中途半端に口を出すのは、それこそ無用な干渉じゃないかね」

「君はそういうスタンス、ということだな」

「それで構わないね」


 パロムは言い終えると、お茶を一口啜る。何とも言えない粘ついた空気が漂う中、どこまでもマイペースなパロムと矢沢にべったりなミルだけが異質な雰囲気を持っていた。

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