115話 有益な情報

 エイトランドの一角にある酒場では、大宮と佐藤、濱本が一足早い食事を摂っていた。波照間の偵察で情報を仕入れたところによれば、街でも屈指の人気店らしく、メニューは酒類だけでなく軽食や肉料理、それに加えてアルコールを含まない炭酸飲料など種類も豊富だ。

 大宮は皿の魔法陣で常に保温されているステーキを注文しており、それにがっつりと食いついていた。


「何ていうんだっけかこの料理。すごくうまいぞ!」

「ペニトスールって店員が言っていたな。豚のステーキにスパイスのドレッシングと何かのソースを混ぜたものだって言っていた気がする」

「ステーキにドレッシング? 何考えてんだか。ま、いいけどさ」


 濱本の説明を聞き、何故かサラダ用であるドレッシングをかける行為に首をひねった大宮だったが、すぐに気にすることをやめて再びステーキに食らいついた。

 その横では佐藤が生ハムのサラダを食べており、口に含んだサラダを飲み込んでからおもむろに口を開く。


「そのソース、確か虫の目玉を使ってるって聞いたぞ。オルエ村にも似たレシピがあった」

「ん゛ん!?」


 佐藤は飄々としていたが、大宮は虫の目玉と聞いて手が止まった。それどころか目玉が飛び出るほどに目を見開き、さっきまで口に含んでいたステーキを渋い顔で見つめていた。


「おいおい、虫の目玉って何だよ……」

「近くに出る魔物なんだと。僕も事前偵察で見かけたけど、そこまで怖いものじゃない」

「いや、そういう問題じゃねえだろ!?」

「美味しいなら別にいいじゃないか。中国人やベトナム人はコオロギだって食べるんだから」

「そういう意味じゃねえよこの野郎!」


 鳥肌を立たせて焦る大宮に対し、佐藤は一貫して表情を崩さない。他人事だと思っているのだろうか。


「いずれにせよ、食べ物は粗末にしちゃいけないよ。ほら、早く食べ──」


 佐藤が次の句を継ごうとした時、耳にしていたインカムから声が流れてくる。


『おい、誰か聞いている者はいないか。応答してくれ』

「あれ、もしかしてロッタちゃんかい?」


 佐藤は通信機を取ると、通話をオンに切り替えて声の主に話しかける。


『誰だ貴様、我をロッタと呼ぶな!』

「それより、どうして通信を? 君は任務中だって言ってたはずだけど」

『敵の移動監視が任務だったのだが、それを辿ったら面白いものを発見したのだ。直ちにヤザワへ連絡したい。どうも通信に出ないのでな』

「わかった。こっちから連絡しておくよ」

『助かる。それと貴様、サトウだな? 帰ったら覚えておけ』

「……っ」


 佐藤を震え上がらせたのを最後に、ロッタは通信を切った。


 重要なものを見つけたというが、それはどんなものなのか。それは気になるが、艦長は今頃会談中だ。ロッタの通信に矢沢が出なかったのがその証左だ。


「あのちびっ子、だいぶ嬉しそうだったぜ。何を見つけたんだろうな?」

「あの子が言うくらいだから、相当な獲物かもしれない」


 大宮と濱本も気になっているらしく、口々に話をし始める。濱本が注文したハンバーグの類似料理は既に冷えきっていた。


  *


 矢沢らは会談を終え、ベルリオーズの屋敷から少し離れた市街地にいた。矢沢は別行動をする佐藤らをランディングゾーンへ行くよう指示するため、尾行の有無を確認してから通信機を取った。


「こちら矢沢。佐藤、直ちに帰還せよ」

『こちら佐藤、了解。それと艦長、ロッタちゃんが何かを見つけたようで、話をしたがっています』

「わかった。すぐ連絡しよう」


 矢沢は佐藤への通信を切ると、チャンネルを変えてロッタに持たせてある通信機を呼び出した。


「こちら矢沢。ロッタ、聞こえるか」

『ロッタと呼ぶな!』

「話は佐藤から聞いている。何か用ではないのかな?」

『ああ、そうだ。すまない』


 怒り狂っていたロッタはすぐさま真面目モードに切り替わると、淡々と報告をしていく。


『エイトランドから西に400㎞の地点に大規模な物資集積基地とグリフォンの大群を発見した。それにベイナという港町にも相当な量の物資が搬入されている。お前たちを攻撃する攻撃隊の物資だろう。空中哨戒や伏兵も多いが、お前たちであれば遠距離から攻撃できるのではないか?』

「集積物資への攻撃か……よし、そのまま偵察を続けてくれ。私が艦に戻った後で作戦を立案しよう。敵の動きは?」

『資材の搬入は続いている。攻撃はまだと見ていい』

「わかった。感謝する」


 矢沢は通信を切ると、思わず笑みをこぼしてしまう。


 敵の補給路を発見したとなれば、そこを叩かない手はない。戦闘機や陸軍の大部隊、大艦隊を破壊する最良のタイミングは、大量の物資と共に基地で出撃を待っている時だからだ。

 その重要性は、軍関係者にとっては掛け算の計算式より常識だ。攻撃をしない手はない。波照間もそれをわかっていて、矢沢に嬉しそうな顔を見せながら提言する。


「艦長さん、策源地攻撃は絶対に行うべきです。敵がどのような攻撃を仕掛けてくるかわかりませんが、機先を制して攻撃部隊や物資を叩けば、それだけ邦人や艦への危険を減らせます」

「わかっている。これは先制攻撃不使用の例外、いや、現憲法でも認められた自衛措置だ。もう少し情報を集めて、敵の目的や規模を確定させた上でミサイル攻撃を行う」


 矢沢は路地から出ると、ヘリを駐機させている教会前広場に足を向けた。


 決戦の時は近い。それまでに、少しでも有利な状況を作り出さねば。

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