390話 奴隷商人ルアン

「では、この奴隷2人で」

「あーはいはい、毎度あり!」


 カラカル顔の小柄な老人は若いエルフ族の男女ペアを選ぶと、満足した顔で2人を目の前に停めた牛車に乗せていく。そして、大通りを埋めつくす人だかりへと消えていった。


 帝都タンドゥの中央を貫くように延びるホーファン通りは、世界でも有数の商業拠点となっている。とはいえ、商売を行うのは基本的にマオレンが中心であり、取引額は世界規模であるものの、そこから延びる流通ルートは人族のそれとは比べ物にならないほど細い。


 そんな中で、ルアンは人族やエルフ相手に商売のすそ野を広げて成功した商人の1人であり、今や大商人シェイにやり口を真似されるほどのやり手商売人として名を知られている。


 もちろん、そこまでたどり着くためには多くの苦労を要した。アセシオンのザップランド伯爵やアモイの商人ニエレとの提携、レン当局の信用獲得、奴隷獲得手段の確保など、何年もかけて素地を作った上で成り上がってきたのだ。


 ルアンは奴隷用の檻が立ち並ぶ出店の奥に引っ込むと、手鏡と櫛を取り出して顔の毛並みを整える。真っ黒な体毛で覆われた気高いピューマ顔は、ルアンという男の自信を高める大きな要因となっていた。


「はぁ……やはり、美しいのは罪だね」

「ケッ、ナルシスト野郎め」


 ルアンが自分に言い聞かせるようにつぶやくと、傍の檻にいた浅黒肌のエルフ男が吐き捨てる。それすらも聞こえないほど、ルアンは自分の容姿に酔いしれていた。


 商売は徹底して合理的に、感情は楽しくポジティブにコントロール。本来は気弱で自分に自信がなかったルアンが、この奴隷商売という過酷な戦場で生き残るための処世術だ。


「ルアン様、お客様がお見えですう」

「あーはいはい、今行くよ」


 店頭から女性従業員の声がすると、ルアンは再び表へと舞い戻る。例え自分にとって一番大事なセッティングを行っている最中でも、お客様の対応を優先しなければならない。お客様を待たせることは、商売人として最も恥ずべき行為だ。


 急いで軒先に出ると、フード付きのローブを深々と被った、やや小柄な人物が待ち受けていた。フードの頭に耳が突き出していないということはマオレンではなく、体の線が細く胸部が膨らんでいるところを見ると、女性であることは確かだ。


「あーはいはい、いらっしゃい。他種族のお客さんなんて珍しいね。奴隷かい?」

「ううん、自由民だけど。それよりも、ここで人族の奴隷を売ってるって聞いてね」

「ははぁー、レンで自由民の他種族とはね。こりゃ珍しいこともあったもんだ」

「ま、いろいろとワケありでね」


 その多種族の女は顔を隠したままクスクスと小さく笑った。フードの様子からは人族かエルフ族か、はたまた別の種族かはわからないが、口ぶりからして冷やかしではなさそうだ。


「それで、何かご要望はあるかい? 労働用? ストレス解消用? はたまたそれとも、性処理用かな? すごくデカくて絶倫なエルフくんもいるよ?」

「残念だけど、そっちは間に合ってるから。あたしとしては、適性のある人を選びたいと思ってるのよね」

「ほほう、適性ですとな?」

「そ。適性のある人」


 ふふ、とローブの女は思わせぶりに笑みを漏らした。その「適性」というのが何を指すかわからないが、何か特殊な用途にでも使うのだろうか。


 ルアンは何か話しかけるべきかと思っていたところ、ローブの女は見せの奥まったところに進むと、店の外に響くほどの大声を張り上げた。


「アクアマリン・プリンセスご搭乗の皆様ぁ―!!」

「は、はいっ!」

「助けにきてくれたのか!」

「うっ……あ、はい……っ」


 ローブの女の声に反応して、数名の人族が返事をした。何かの合言葉だろうか。


「お客さんが言う『適性』って、その言葉に反応する誰かってことですかい?」

「ま、そんなところね。じゃ、1人1人確かめさせてもらうけど、いい?」

「ご自由に。心行くまでお楽しみくださいな」


 どういう事情があるか知らないが、ここで口を出すのは無粋というものだろう。ルアンは疑問を抱きはしたものの、ここは彼女の希望に沿うようサービスをすべきだ。それが商人というものだろう。


 すると、ローブの女は檻の中で膝を曲げて泣いていた黒髪の女の子に話しかける。


「君もアクアマリン・プリンセスに?」

「うん……」

「じゃあ、どこから乗ってきたのかな?」

「えっと、横浜から……」

「そうなんだ。あたしと一緒ね。全部終わったら、一緒にカレーでも食べに行きましょ」

「う、うん!」


 ローブの女は朗らかに笑うと、少女も花のような笑顔を咲かせた。


 ルアンには何の話をしているのかわからなかったが、2人は元から仲間だったりするのだろうか。


 話を終えたローブの女は、再びルアンに目を合わせる。


「じゃ、まずはこの子ね。お値段はいくら?」

「あーはいはい、2万5000リーンでいいよ。それよりもいいのかい? 魔法も使えないし、賢くもないけど」

「そんなの関係ないんだから。じゃ、契約成立ね」


 何がよかったのかは知らないが、ローブの女は満足そうに頷いた。ペット用というわけでもなく、購入の目的は不明だ。


 もしかすると、彼女の仲間なのではないのか。そうだとすれば、マオレンに奴隷にされる危険を冒してまで、仲間の救出をしに来たことになる。


 だとすれば、2万5000リーンのままで売ったのはもったいなかったか。最初は10万リーンで売っていたが、ここ1年は全く売ることもできずに1年もこのままなので、値段を4分の1にまで落としていたのだ。そこを早くに見抜けていればよかったのだが。


 予想通りだとすれば、このローブの女はまだ奴隷を買うつもりだ。当初の値段よりも釣り上げてしまえば、ほとんど粗大ごみにも近い奴隷でさえ高値で売れるだろう。


「毎度あり! それじゃ、次の奴隷も見ていきますかな?」

「もちろん」


 ローブの女は迷うことなく即答した。そして、今度は奥まったところにいた傷だらけの男に話しかける。


「こんにちは。あなたも返事をしていたけど、アクアマリン・プリンセスで?」

「そ、そうなんだ。僕はジェームズ・ロベス、アルバカーキ出身だ」

「へえ、アメリカ人なのね。日本は楽しかった?」

「当然さ。特に仙台が楽しかったよ。それから沖縄までのんびり旅を楽しもうと思っていたら、この通りさ」

「災難だったみたいだけど、もう大丈夫」


 今度もまた話の詳細はよくわからなかったが、やはり求めていた人物で間違いなかったようだ。ルアンは内心ほくそ笑むと、営業スマイルを作る。


「そちらの奴隷もお買い求めかな? お値段は200万リーンで」

「あら、さっきよりずっと高くない?」

「お見受けしたところ、あなたは人族のようだ。ともすれば、重労働に耐えられる彼ならばうってつけの労働力となる。それに彼は若い。マオレン相手の定価でそのくらいだよ」

「ふうん。ほかのところでも同じような人を見たけど、だいたい相場は60万リーン以下だったんだけど?」

「どうやら、この奴隷の出自はかなり貴重なものらしくてね。プレミア価格というやつさ」

「あっそ、プレミア価格ねぇ……いいの? 相手の足元を見て法外な値段に釣り上げる悪徳商人だっていうウワサが流れれば、あなただってタダじゃ済まないんじゃない?」

「滅相もない。本当にプレミア価格なんだってば。これ以上の値段交渉は引き受けられないよ」

「じゃあ、もう別にいいかな。こんな最悪の店、二度と来ないから。シェイのお店なら、もっと安く売ってくれそうだし」

「あ……ああ、それで構わないさ」

「じゃ、2万5000リーン。この子だけ貰っていくから」

「……っ」


 ルアンは辛うじて平静を装っていたが、ローブの女は本当に2万5000リーンの少女だけを買って帰ってしまった。ローブの女と少女の背中を見送ったロベスという人族の男は、この世の全てに絶望した顔を浮かべてしまっていた。

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