212話 初めての勝利

「エンチャント!」


 魔法陣を出現させた右腕を真っ青な空に掲げ、背後にいる部下100人に魔法防壁増強の術をかける。それと同時に、兵士たちは突撃を開始。前方に陣取る土を盛ってレンガを積んだだけの即席の防御陣地になだれ込んでいく。

 当然ながら敵の抵抗も激しい。間断なく火球やレーザーが飛んでくる。


 ただ、こっちも負けちゃいない。更に後背には遠距離攻撃に特化した魔法支援大隊が常に遠距離攻撃魔法で支援してくれるし、防御役の兵士たちが次々に防御魔法陣を展開して前からの攻撃を防御する。即席の防御陣地を守っていた罠や防塁は事前に無力化していて、こっちの突撃を抑える手段は敵にはなかった。


「とにかく前に進んで! 一気に制圧するんだから!」

「「「了解!!」」」


 兵士たちのやる気も十分。後ろから聞こえる力強い声を聞けば、安心して指揮官として前に陣取れる。

 防御役の部下たちに守られながら、即席の防御陣地に侵入。あちこちに散らばる兵士を倒しつつ、大将が待つ司令部に乱入する。


「ここまでよ、降伏して!」

「ふぅ……わかったわよ」


 あたしが魔法陣を展開しながら威圧すると、家のリビング程度の狭苦しい司令部室にいた指揮官の女性と、その参謀たちが手を上げて降伏の意思を示す。


 突撃は成功。防御陣地を無力化する作戦は成功を収めた。肩の力を抜いて、どっと溢れ出た汗を拭うことも忘れて出入口の横に座り込んだ。


「あー疲れたぁ……」

「お疲れ様。まぁ合格点とは言い難いけど、前よりはマシになってるわ」


 すると、敵方の指揮官だった女性が小さな陶器の水筒を手渡してくる。作戦開始から全く水を飲んでいなかったから、すぐに飛びついて容器をひっくり返しながら飲んで、最後の少しは火照った顔や体にかけて冷やした。


 ただ、ずっとその場で休んでいるわけにもいかない。疲れを目いっぱい主張する体に鞭打って立ち上がり、目の前の女性に水筒を返し、いつものハンドサインを作る。


「ありがとうマウア! えへへ、ぶい!」


 手をグーに握った状態から、人差し指と中指を扇形に見立てて立て、指の腹を相手に見せる。小さい頃に自分で作ったハンドサインで、掛け声の「ぶい!」はお母さんから教えてもらったおまじないの一節から取っている。


「全くもう、まだそれやってるの?」


 ちょっとしたお茶目のはずだったのに、やたら冷たい目をされながら、ピンとおでこを弾かれちゃった。ただの冗談なのに。


 敵の指揮官役、つまり今回の訓練で敵役をしてくれたのは、マウア・オバマ・グエン、あたしが指揮する大隊を指揮下に入れる連隊長かつ、あたしと同じ王族の娘で、少し年上のお姉さん。練度もあたしの部隊より上。彼女自身も相当の魔法の使い手。


 とても長い金髪だけど、あたしとは違って前髪じゃなくて後ろ髪ともみあげだけを伸ばしている。前髪は優雅に流していて、マウア自身の端正な顔立ちも相まって同じ女の子でも惚れてしまいそうになる。


 マウアには何度も負けているけど、今回は突撃側に有利な地勢で作戦も上手く行ったことで勝てた。今の大隊の指揮官に任命されて4年経つけど、その間は全く勝ったことがなかったから、素直に嬉しい。疲れてさえいなければ、今すぐにでもマウアに抱きつきたいくらいに。


「ま、基礎はしっかりできてるし、普段は教科書通りでいいわ。状況が変われば、もちろん臨機応変に対応するのよ?」

「わかってるって。小さい頃からずっと勉強してきたのに」

「王族なら当然のことよ。ま、王位継承権なんてあってないようなものだけど」

「それは……まぁ、そうだけど」


 マウアは継承権のことに言及すると、頼もしかった彼女が途端に元気をなくしちゃった。別に今言うべきことじゃないのに。


 王位継承権がある王族と言っても、マウアは41番目、あたしは69番目。とはいえ、一番遠い順位で495位もある中だと上の方ではある。

 この国の王は世襲制で、血筋と年齢、性別で順位は決められているけども、血筋が絶対というわけじゃない。王権神授説に基づくから、血筋が断絶する、もしくは神のお告げがあれば血筋を無視して王座を得ることはできる。もちろん王の介入はあるけど。


「どのみち関係ないことじゃん。今日は遅いし、もう帰ろうよ」

「そうね。総員、撤収準備に入れ!」


 マウアが顔の前に魔法陣を展開すると、防御陣地中に彼女の声が響き渡る。吹き込んだ声を大きくして辺りに轟かせる、お姉ちゃんお得意の魔法だ。


 それから1時間は撤収準備に入った。補給物資の木箱や罠の残骸を取り除いたりと大変な作業ではあるけど、人数の多さや魔法の手伝いもあって、それなりに早く撤収は終わった。


 マウアとあたしは別の場所に住んでいる。マウアはあたしに手を振って別れを告げるとそそくさと帰っていったけど、あたしはまだ帰るつもりがない。


 今日はマウアに勝った記念に、いつものバーで飲み明かすつもりだった。明日は休みで気にすることもないし、今日はいい気分のまま終えたかったから。

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