313話 追い込まれる艦

「くっ……」


 ルイナは浅く火傷した全身の皮膚を治癒しながらも、短いうめき声を発した。


 防御魔法陣でドラゴンのブレスを防いだつもりだったが、それがいとも簡単に破られてしまったのだ。お陰で服は半分ほど焼け焦げてしまい、肌もほとんど火傷を負っていた。


 すると、ルイナを援護するように瀬里奈がルイナとドラゴンの間に割って入る。


「せりなビーム!」


 瀬里奈が両手の指でメガネを作って目に当てると、黄金色に輝くビームを発した。ビームは海を割りながらドラゴンに着弾するが、あまり効いている様子はない。


「うせやろ……?」

「滅魔の力を持っていたとしても、人族が発揮できる魔力はドラゴンのそれに比べればゴミ同然でございます。攻撃はしっかり考えて行ってくださいませ」


 戦慄する瀬里奈に対し、ルイナは柔和な笑みを浮かべながら厳しく忠告を与える。その間にも、ドラゴンはルイナを狙ってブレスを発射。2人は散開し、再び攻撃のタイミングを狙って上空を旋回する。


「なあ、なんでジンやのに防御できんかったん?」

「奴はバベルの宝珠を投与されているようでございます。つまり、ドラゴンの魔力が底上げされている上、滅魔の力を付与されるのでございます」

「ほな、どないして倒せばええん!?」

「鍵はあの船でございます。魔法防壁を無視して攻撃できるとなれば、極めて優位に戦えるだろうと存じます」

「やっぱそうなんか……」


 瀬里奈はドラゴンに背を向けて航行し、再び距離を取りながら回頭し始めるあおばを見やる。


 ドラゴンの標的はルイナに向いていたが、時折あおばにも攻撃を加えるそぶりを見せている。決して油断できる状況ではない。


 ドラゴンがルイナに向けて次のブレスを発射する段階に来たところ、あおばの主砲もドラゴンを照準していた。ルイナが回避行動に入り、ドラゴンがブレスを放射すると同時に、主砲弾がドラゴンの頭部に着弾。攻撃を挫かれたドラゴンは咆哮を上げながらあおばに目を移し、海中に潜っていく。


「あいつ、また潜っていきよったで!」

「追跡いたしましょう」


 ルイナの指示の下、瀬里奈は海へ飛び込んでドラゴンを追跡した。


 敵は強大な存在である上に、ジンであるルイナの防御を破ってしまう。あれほどべらぼうな敵を相手に、どう戦えばよいのか。


 瀬里奈は胸中に一抹の不安を感じながらも、戦うことはやめられなかった。ここで諦めてしまえば、自分が成したい「誰かを守ること」ができなくなってしまうのだから。


  *


『瀬里奈及びアンノウン、ドラゴンを追って潜航!』

「もう、魚雷を撃てないじゃないですか……!」


 CICの水測員からの報告に、佳代子は歯噛みするばかりだった。


 レーダーやソナーで追跡を続けてはいるものの、瀬里奈に潜られてしまえばレーダーとソナーの切り替えを行う際に、瀬里奈の姿が映らなくなってしまうことがある。それでは同定と追跡をやり直さざるを得なくなるのだ。先ほどはそれで瀬里奈の追跡が途絶え、ファランクスが瀬里奈に誤射してしまっている。


 おまけに、瀬里奈が海中にいる間は、対潜兵装を複数持つあおばも手が出せなくなる。07式対潜ロケットや短魚雷が発する爆発の影響はドラゴンのみに留まらず、周囲に存在する瀬里奈や味方らしき存在にも致命的なダメージを与える恐れがある。それほどまでに水中の爆発というのは恐ろしいものだ。


 どうにかして瀬里奈に伝えなければならない。しかし、回避運動や攻撃位置への移動によって艦が激しく動揺する中ではヘリの迎えも出してやれず、連携できない状態にある。


「瀬里奈ちゃん、わたしたちの意図に気づいてくださいよう……」


 佳代子が言うと、艦に衝撃が走る。ドラゴンが何かをしでかしたことは確かだが、佳代子にはダメージコントロールの指示しか出せない。


「ダメージコントロール!」

『船体に損傷なし、各部異常なし!』


 応急員の報告は、今のところいいものばかりだった。負傷者は出てしまっているが、目下のところ死者はいない。


 だが、戦闘開始から全力で回しっぱなしの機関はそうではないようだった。機関を担当する長嶺は、彼女にしては珍しい切羽詰まった声で艦橋に連絡を入れる。


『こちら機関室、このまま過負荷で運転すればオーバーヒートします』

「なんとか持ちこたえてください! 30ノットを維持ですっ!」

『ダメです、これ以上はタービンが損傷します』

「……わかりました。航海長、第3戦速、黒10です。針路そのまま」

「針路そのまま、第3戦速、黒10。ようそろ!」


 鈴音は佳代子の指示をなぞり、エンジンの出力を司るレバーを引いて機関出力を落とした。艦は速度を25ノット程度まで下げることになる。


 過負荷出力、速度号令で言う「一杯」はエンジンの限界を超えた出力とも言うべき状態で、長時間その状態に置けば、熱機関であるガスタービンエンジンは焼き付いてしまう。そうなれば、もはや艦は脚を挫いたのと同じだ。


 とはいえ、今は速度が何より必要な状態だった。敵から少しでも離れ、攻撃位置に陣取らなければ、勝利はありえない。


 こういう時、艦長ならばどうするか。佳代子はここにはいない艦長のことを思いながら水平線の向こうを見つめていた。


「かんちょー……」


 誰にも聞こえないほどの小さな声で、佳代子は呟いた。その言葉に全ての希望が詰まっているかのように。


 すると、矢沢との連絡のために用意されていた回線から通信が入る。


『こちら矢沢。副長、聞こえるか』

「は、はいっ!」

『今から艦に戻る』

「り、りょうかいですっ!」


 どうやら、艦長は艦に戻って来るらしい。


 それがどれほど佳代子に希望を与えたかは、自分自身にさえ理解できていなかった。


 これで勝てる。そう思うことが彼女にとって第一だった。

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