番外編 怨念の足枷・その6

 西原の遺体を回収できたことで、あおばはダリアへと戻ることが可能となった。現在は電気推進で発揮できる最大速力である15ktでダリアを目指している。


 その道中も西原の自殺に関する調査は進められていた。直近の幹部会議では、艦内の規律維持を担う警衛や甲板士官を中心とし、機関科の幹部が参加する調査グループが発足され、主に佳代子や警衛士官の若宮3尉が聞き取り調査を行っていた。


 本来ならば、この役割は警衛士官が担うものだが、今回は異常な環境下であり、しかも事が大きすぎる。そこで、警衛を指揮監督する立場である副長まで出張っている他、艦長までもが事件の調査に深く食い込むことになってしまっている。


 もちろん業務は大きくなってしまっているが、矢沢だけでなく、佳代子や機関科の幹部たち、そして警衛も事件の解決を切に願っていた。


 仲間が死んでいいことなどない。それは誰もがわかっていることだ。


 事件発生から3日が経った頃、警衛士官の若宮に加え、副長の佳代子が同時に入室。勝浜や桐生の素行を調べるために行っていた聞き取り調査の結果を報告しに来たのだ。


「かんちょー、機関科の証言を全て集めてきました」

「ありがとう。何か得られたか?」

「えっと、はい……」


 佳代子は歯切れの悪い答え方をしながら、目を逸らしつつ矢沢に調書を手渡す。


 一体何があったのかと思いながら調書を読み始めるが、その間も佳代子の態度は変わらず、若宮も男性ながら中性的な美顔を曇らせている。


 簡単にまとめられた調書は十数ページ程度に収まっており、主に機関科からの証言が寄せられていた。


 その中でも目を引いたのが、複数の女性乗組員が訴えていたセクハラ被害だ。その中には明確なわいせつと思われる被害まで報告されている。


「若宮くん、このセクハラ被害というのは間違いないのか?」

「はい。目撃証言も複数あります。それも飛行科にまで及んでおり、事態は極めて深刻かと……」

「もう、最悪ですっ……!」


 若宮は険しい表情のまま硬直してしまい、佳代子に至っては耳まで赤らめて目をぎゅっと瞑ってしまっている。


 被害報告はかなり多く、異世界に移動する前からの事例もある。もちろん数は少ないが、異世界に移動してからタガが外れてしまったものと思われる。


 航海中の護衛艦はそれなりにクローズドな環境に置かれてしまうが、異世界に流れ着いてからは日本との連絡も取れず、クローズドというよりは孤立という方が正しい。逃げ場のない環境では上官にバレなければそれでよく、艦内でのやりたい放題もエスカレートしたのかもしれない。


 それだけではない。考えられることとしては、異世界での活動によって幹部が業務に忙殺され、曹士からのSOSを見逃してしまった可能性さえあり得る。


 いずれにせよ、異常な状況であることは確かなようだ。矢沢は調書を置くと、若宮と佳代子に対し、交互に目を配る。


「一度、アンケートを取る必要がありそうだ。若宮くん、速やかにいじめに関するアンケートを作成し、便乗者を含む全乗組員に受けさせてほしい。これは私が自ら回収する」

「艦長が自ら、ですか……?」

「そうだ。できれば、誰の介入も許したくない」

「はい。承知しました」

「よろしく頼む」


 若宮は驚いていたものの、矢沢の真意を悟ったのか神妙な顔に戻る。


 一方で、佳代子は何故か自身の胸に手を当て、何か困ったようにもじもじしていた。


「副長、どうかしたか?」

「あ、いえ……えっと、なんで男の人って、女の人の胸とか触ったりするんだろうって……やっぱり、かんちょーや若宮くんも、おっぱいが好きなんですか?」

「ぶっ!?」

「えぇ……」


 そう佳代子が言うと、自身のあまり大きくない胸を何度か揉んだ。制服でほとんど形はわからないものの、男の胸部とは違い形を変えて揺れ動くそれは、矢沢と若宮の度肝を抜くには十分な威力があったらしい。


「副長、命令だ。これ以上やめてくれ……」

「あ、はーい」


 矢沢が呆れながら命令を下すと、佳代子はあっさりと胸を揉むのをやめる。若宮はというと、さすがに見るのは躊躇われたのか、佳代子に対し背を向けていた。


 そういえば、と矢沢は思い返す。彼女はそもそも性の知識が根本的に欠けているのだ。自分が何をしているかもわかっていないだろう。


 たとえ恋愛沙汰や性とは無縁であっても、40を過ぎていれば女性同士の会話でかなり多くの知識を否が応でも得ているだろうに。


「いずれにしても、もう座視してはいられない。乗員の関係改善や風紀維持は艦の最優先事項だ。次の航海までには徹底的に膿を出し切る。副長、若宮くん、必ず全て洗い出す。君たちも全力を尽くしてほしい」

「りょ、りょうかいですっ!」

「了解です、艦長」


 矢沢がひと際強い声で命令すると、佳代子と若宮は直立不動の姿勢を取り、力強く返答した。


 西原の自殺は氷山の一角でしかないとすれば、この艦は膿だらけということになる。


 この状況を一刻も早く改善するため、矢沢は決意を新たにした。

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