259話 次へのステップ
護衛艦あおばは事前に指定されていたダーリャ南方300㎞地点の海岸に移動、そのままベル・ドワールとリウカの艦隊と合流を果たした。
それに加え、撤退が予定されていた波照間もヘリで3隻と合流。これで矢沢を除く人員が全て1か所に集まったことになる。
まずは佳代子を中心として情報の整理と分析を行い、状況を確認した上で今後の行動計画を立てていく。
矢沢が捕まってから1週間後、あおば艦内で幹部会議が開催される運びとなった。今後の作戦展開に必要な情報は全て担当部署で精査され、サマリーという形でまとめられて幹部たちや偵察作戦の関係者に共有される。その情報共有の場としても幹部会議は利用されることになる。
幹部の全員とアメリア、銀、ライザが士官室に揃ったところで、本来は艦長が着席する位置に佳代子が移動し、幹部会議を開催する。
「それじゃ、幹部会議を行いますっ」
佳代子は高らかに宣言するが、声の調子がいつものふざけ半分なせいで数名から失笑を買ってしまう。
「全く……松戸、本気で勘弁してくれないか」
「えへへ、すみません」
締まりのない佳代子に呆れた徳山はため息をついて注意するが、佳代子はそれでも笑って誤魔化すばかりだった。
とはいえ、いつまでもこうしてはいられない。佳代子は一息つくと、資料を手にしながら改めて会議を進める。
「えっと、とりあえず始めますね。まずは邦人の移送先ですけど、これはかなり判明してます。ダーリャで直接取引された人以外は、必ずアケトカロクを通ってます。何人か行方不明になってたりしますけど、2桁まではアセシオンの取引記録と正確に一致しますっ」
「ここまで記録がついているのは凄いな」
「はいっ。近世くらいの文明レベルにしては、かなり念の入った取引だと思います」
菅野が資料を眺めながら感心していると、佳代子もそれに賛同する。
現代こそ流通させる物品の管理はかなり正確に記録されるが、近世程度の文明レベルでここまで正確な記録がついているのは素直に感心できることだ。奴隷はそれこそ普通の戦略物資以上に丁寧に扱われていることを示している。
だが、たとえ『商品』として丁寧に扱われていたとしても、彼らの人権を完全に否定しているのは紛れもない事実。それを感じているのか、士官室は重々しい空気が流れるままだ。
その重苦しい雰囲気を破るかのように、次は銀が口を開く。
「こっちは軍の配備状況を調べてきたわ。アモイは貴族がほとんど王族に吸収されていて、広大な領地の管理は王族かエリートの国民がやっているらしいの。アモイ軍は現代的な軍事組織を築いていて、最高司令官は国王になっているわ。指揮系統は大きく分けて中央軍と地方軍に分かれていて、他国への遠征は専ら中央軍の管轄ね。というより、中央軍が侵攻軍と言ってもいいかもね」
「盾と矛を使い分けるのね。上手く行けばそこに付け入れそうです」
「ああ。作戦次第では主導権争いを誘発させられる」
大松が注意深く資料を眺めながら呟くと、徳山がそれに頷く。
国境線の争いになれば、中央軍と地方軍が互いに同じ領域内に展開することもありうる。そこの隙を突く形で指揮系統の混乱や同士討ちを誘発できるかもしれない、と考えているのだ。
とはいえ、中央軍の詳細なドクトリンを掴めていない今は、そこに付け入るような高度な作戦は立てられそうもない。
「では、次お願いします」
佳代子が次の人へ報告を促すと、今度はライザが席を立つ。
「これまで救出した邦人は33名です。全てダーリャの喜捨用奴隷が集まるスラムにいました。なお、その中には死亡した邦人も7名分を確認しています。もちろん、全て収容しました」
「ありがとうございますっ。でも、それだけ喜捨とか言って捨てられてるなんて……」
「全く、胸糞悪い話だぜ」
「はい。虫唾が走ります……!」
武本が吐き捨てるように言うと、続いて長嶺も怒りで震えた声を発する。
人権など全く意に介さない、まさに人を苦しめるだけに存在するかのような制度。その犠牲になった邦人がいるという事実だけでも、この場にいる者の怒りを湧き立たせた。
「なお、7名中6名は子供、うち1名の10代に満たない少女は食べかけのパンを抱えたまま死亡していました。遺体の損壊が酷かったことから、暴力を振るわれた形跡があります」
「……っ!」
ドン、と誰かが机を叩く音が士官室に空しく響いた。
ライザも報告は粛々と読み上げていたが、書類を持つ手に力が入っているのか、クシャクシャと紙が擦れる音が小さく聞こえていた。
もちろん、感情任せの報復はできない。それをしてしまえば、自衛隊ではなく殺戮集団になり果ててしまう。それは誰もが理解していたが、それでも例外なく怒りや悲しみ、失望といった顔の色を全員が浮かべていた。
またもや、その空気を脱するために銀が次の資料を持って発言。
「あぁ、艦長の居場所がわかったわよ。ダーリャ南部の基地の中。かなり警戒が厳重で突破は難しいけど。それと、艦長が獲得していた協力者もそこにいるわね」
「これか。警備状況が……絶望的だな、こりゃ」
鈴音が資料の1つに目を落とすと、渋い顔をしながら紙をテーブルに放って後頭部を掻き始める。お手上げ、とでも言いたげに。
「ま、さすがは中央軍でも精鋭の基地ってとこね。VIP待遇だなんて羨ましい限りだわ」
銀が軽口を飛ばすも、やはり誰もクスリとも笑わない。
警備が薄ければ人質の奪還作戦もできたのだろうが、さすがに警備状況が厳し過ぎて誰もやろうとは言いたがらない。
佳代子は艦長を助けられないことを憂いていたが、しばらくしてから波照間が手を挙げる。
「もしかすると、艦長を救出できるかもしれません」
「ほ、本当ですか!?」
「はい。ただ、そのためには前提条件がいくつかあります」
「でも、可能性があるなら検討してみましょうよ! 波照間さん、作戦立案をお願いしますっ!」
「了解しました」
波照間は微笑を浮かべながらも真面目に返答。その自信ありげな姿に、佳代子は心を震わせた。
もしかすると、艦長を助けられるかもしれない。その希望は何より大きなものだろう。
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